2025年1月31日金曜日

フラワーアレンジメント

 久しぶりに京都で目覚めた朝。今日は大学に行く予定はない。ル・プチメックで買ったバインミーとコーヒーで遅めの朝食をとる。やるべき仕事はあまり持ってきていなかったので、日曜日の大学院試験の問題にもう一度ざっと目を通して、あとは午前の間は読書をしていた。

大丸近くのデリカテッセンでお惣菜を買い、昼ごはん。今の拠点は大阪なので、家の冷蔵庫は空っぽなのだ。そのあと妻と二人で錦市場の中の生花店に花を買いに行く。妻は以前から月に一度、昔からの友人と好きな花を買っておしゃべりしながらフラワーアレンジメントをしている。その友人のご主人が僕と隣接分野の研究者という共通点もあって、家族ぐるみで親しくさせていただいている。今日はたまたま僕もいたので、興味半分に加わることにしたのだ。

と言っても僕に花の知識はない。フラワーアレンジメントの基礎も知らないし、花の合わせ方もまったくわからない。だからこそ、今日は僕が花を選ぶ! というわけのわからない論理を振りかざして、好きな花を選ばせてもらった。予算は毎回1人1500円程度ということだ。ラ・カンパネッラというバラの品種とスズランとチューリップ、かすみ草、あと数種類買ったけど、もう名前は覚えていない。

14時にその友人が来て、早速めいめいの花瓶にオアシスを入れてアレンジメントスタート。最初に「フォーカルポイント」なるメインの花を決めるといいらしい。妻とその友人が大ぶりなカンパネッラをフォーカルポイントにするというので、あえて僕は紫のスズランをメインにしてみた。15分ほどの集中。楽しかった。初めてにしては我ながらよくできたと思う。ただ、僕は正面から見ることしか考えていなかったが、本当は360度どの角度から見ても美しく見えるのが理想だという。僕の花は後ろから見たら、まさしく後ろから見たという感じだった。



2025年1月30日木曜日

試問と会議✖️3

 今日の午前中はスペイン語専攻の学生の修士論文試問。他専攻の学生の試問は少しドキドキする。指導はしてないのに論文だけ読んで評価しなければいけない。主指導教官の方針なども探りながらコメントしていく。ただ、今回は僕好みの戯曲が扱われていたので、饒舌に喋りすぎたかもしれない。ちょっと反省。

試問の後、おにぎりとインスタントの豚汁を5分でかき込む。今日は次期専攻長の選挙があったために、教授会がいつもより30分早い12時30分からだったのだ。その後、専攻語代表会議、執行部会議と続き、最後に同僚の先生から重めの相談事。穏便に解決できればいいけど…

その後、今日は久しぶりに京都の家に。妻が今日、明日習い事で京都に泊まるということだったので。

2025年1月29日水曜日

明日のパン

 今日も大学に行く用事がなく、家で自分のペースで仕事をしていた。午後の集中力が落ちる時間に近所のパン屋に明日のパンを買いに行ったくらい。この妻の口からよく発せられる「明日のパン」という言葉、最近テレビで言ってたけど、大阪特有のものらしい。僕もすっかり馴染んでしまっているのか、違和感はまったくない。

午前中は明日試問がある修士論文と関連の文献をもう一度読み直して、指摘することや質問のプランを考えていたら、あっという間に過ぎた。

午後は来週月曜日の文学講義の予習と久しぶりのアラビア語。文学講義は前回に引き続き、マフィアを扱った文学作品。『真昼のふくろう』というシェイクスピアの『ヘンリー六世』に出てくる台詞からタイトルを取った長編小説を読む。好きな作品で今学期を締めたい。

今週土曜日のアラビア語会話のテーマは「理想の家族の人数とその理由」。少し変な、場合によってはセンシティブなテーマかもしれない。自分なりの回答を考えて、それを辞書とchatGPTを駆使してアラビア語の文章にしていく。前にもこのブログに書いたが、継続して勉強できていないので、アラビア語はなかなか上達しない。かといって、やめてしまうのはアラビア語は魅力的すぎる。どこかのタイミングで本腰を入れて勉強したいと思う。

2025年1月28日火曜日

青空に伸びる蝋梅

 やっと解決への道筋が見えてきた。昨日もここで愚痴っていたエジプトへの入金の件だ。今日の午前中に日本の銀行からギブアップ宣言が届いたことで、他の入金方法を本格的に探し始めたことが奏功した。同僚の先生や在エジプト日本大使館にも問い合わせて、ウェスタンユニオンの国際送金を知る。そしてそれを調べていたところ、ほぼ同様のシステムであるWISEでも送金できるのではと気づいた。今までエジプトのATMのことを考えていたので、ドルを引き出すことは不可能と選択肢から除外していたが、フランス旅行中の今なら引き出せるのではと気づき、息子に電話をかけ、フランスの銀行に走らせて、無事ドルをゲットしたらしい。あとは本人が帰国後大学に持っていけばいい。今までの日本の銀行とエジプトの大学の板挟みはなんだったんだと思うほど、簡単に解決しそうだ。良かった。

少し気分が軽くなったので、小雨は降っていたが大阪城公園の梅園に。ここしばらく暖かくなっていたので、もう少し咲いているかなと思ったけど、蝋梅が何本かと水仙の花が咲いているくらいだった。それでも、のんびり眺めていると青空が見えてきて陽もさしてきた。

良かった。




2025年1月27日月曜日

なかなか進捗しないこと

 今日は所用で朝一に京都へ。1限目の文学講義は昨日録画してすでにアップロード済みなのだ。所用を終えてすぐに箕面キャンパスに。注文していた本の受け取りや卒論の口頭試問会のための教室の予約、シラバス書きなどひとしきり仕事をしてから、豊中キャンパスに移動。1年生の文法最後の授業。月曜日は祝日が多かったせいで、来週が試験なのだ。今日は試験範囲の総復習で、中間試験の後に教えた内容を立板に水のように早口で再度説明する。これ説明している方は、その滑らかさに酔ってしまう部分があるけど、聞く方としては引っ掛かりやメリハリがあった方がいいんだろうなぁと思う。だが、6, 7回分の授業の要点をもう一度説明するので、早口にならざるを得ない。

家に帰って、ようやくフランスにいる息子から連絡が入る。体調も少し良くなっているようで一安心。旅行も終盤なので、トラブルなくエジプトに戻ってほしい。

夜にエジプトの大学から、また入金についてのメールが届く。やはり口座番号は変わっていないという。だが、こっちは何度もその口座に送金しては、無効な番号として返金されてくるのだ。アメリカドルで払わなければいけないのだが、現地ではATMでドルは引き出せない。このままでは2月からの授業が受けられないのでは、と危惧している。

ここ2週間ほどエジプトの大学と日本の銀行の板挟みになって、いろいろメールを書いたりしているが、なかなか進捗が見られず、もどかしさを超えて苛立ってきている。ちょうどつけたテレビで延々とやっている記者会見のようだ。


2025年1月26日日曜日

心配は続く

 今朝、息子から妻に久しぶりにLINEが届いていた。旅行中のフランスで40℃弱の熱が出てしんどいらしい。そのLINEに気づいたのは今朝9時くらい。現地の時間を考えると、すぐに連絡が取れない分心配が募る。

そんなわけで心配ながらもどうしようもない状態で1日が始まった。午前中には、明日の1限の授業が所用で行えないために、オンデマンド用の授業動画を撮影する。コロナ禍の時にはよくやっていたのだが、しばらくぶりなので少し段取りが悪く、1時間50分くらいの動画になってしまった。1.5倍速くらいで見てもらいたい。

午後は買い物に行き、読書などしながら夕刻を待つ。18時、現地の時刻で朝10時の時点で息子にLINE通話をかけてみる。まだ寝ていたらしいが、確かに体調が悪そうな声でやはり心配である。とにかく熱が下がっていくれるといいのだが。

2025年1月25日土曜日

時間の奥行き

 「つまり、ぼくは自分自身をつかまえて、一時間ほど、これまでの自分をまるごとじっと留めおきたい。そしてそれができると信じるのだが、実際には、ある日、ある午後に自分がどのようであったかしか、とらえていないのだ。そのある日、ぼくらが抱いていた思想、ぼくらが生きるうちに得た記憶、めぐらせた空想とともにいる自分しか」(エリオ・ヴィットリーニ「生への疑問」武谷なおみ 訳)

月曜日の文学講義の予習で読んでいた短編小説の一節。ブログを始めて18日目になるが、できるだけ文章は推敲などせずに、1日の終わりの疲れた頭で思いついたままを垂れ流そうと考えている。それでも、そのひと時の自分の中にそれまでの時間における生のすべてが垣間見えるようにと願いながら。ちょうど上の引用を反転させた形だけれども。

今日の午前中は、ここ数日取り上げている例のロルカの戯曲についての修士論文を読んだ。愛と時間の経過、待つことによる生と進むことによる死の関係性。思えば、この修論も生における時間の奥行きがテーマだ。学生の修論は、少なくともロルカの思想を正確に読解していた。

今日も終日家で過ごしていた。年始からの膝の故障もぎっくり腰も運動不足に原因があることは確かだと思うので、せめて外に出て歩かなきゃいけないな。

2025年1月24日金曜日

入金トラブル

 今日は午後にオンラインでの会議があるだけだったので、基本的に自宅で過ごした。窓から見える景色は少し白っぽく霞んでいた。昨日くらいからまたPM2.5が浮遊しているらしい。

午前中はスペイン語専攻の学生の修士論文審査の準備でロルカの『ドニャ・ロシータ』を翻訳で読む。こちらはロッセッリーニのオペラIl linguaggio dei fioriの原作ということで話の内容はあらかじめ知っていたこともあって、先日読んだ『五年経ったら』と比べて、わかりやすく読めた。この二作を中心にロルカにとっての時間と愛を論じているのか。方向性が大体わかったので、明日から肝心の修士論文を読んでいきたい。

午後に銀行から電話がきて、今度もエジプトへの送金がうまくいかなかったとのこと。先方の大学から送られてきた口座番号を、日本の銀行とも再度確認して送金したのに、現地の銀行からは、その口座番号が大学と紐づいていないという。再度、エジプトの大学へメールを書く。どうすればいいの?という怒りを太字と下線にちょっとだけ込める。

その後3時からは、気が重たく解決策が見えない案件でのオンライン会議。責任を本部に投げる形になりそう。

その後は気を取り直して、2年生の講読の試験の採点、イタリア語論文の三校と淡々と仕事をした。月曜日以外の授業は今週で終わったことになるので、これからは試験やレポートの採点、成績付けやシラバス書きをできるだけ早く済ませて、自分の研究の方を進めていきたい。と言っても、いろんな学務が定期的に入ってくるとは思うけど。

2025年1月23日木曜日

気がかり

 今日の2限目はゼミ。卒業論文の提出日は今週の月曜日だったので、今日はお菓子と飲み物で4回生を労いながら、卒業論文を書き上げるまでの軌跡を3回生向けに話してもらった。留学や就職活動などを気にしつつ、どの時点で卒論に本腰を入れ始めたとか、3回生の春休みの間にしておけばよかったことなど、リラックスムードの中ざっくばらんに話せてよかったと思う。あとは来月の口頭試問。学科の教員全員ですべての卒業論文に対して行うので、しっかり準備してきてほしい。

午後は教務委員会。とりわけ議論するような内容もなく、比較的淡々と終える。

ここ数日気がかりなのは、今フランスを旅行しているはずの息子からの連絡が途絶えている。LINEにも既読が付かず心配。僕が留学していた時代はスマホもLINEもなかったので、それこそ親になどほとんど連絡を取ることはなかったのだが、すぐに繋がれるはずのこの時代に連絡が取れないと不安が募る。

僕の留学中はうちの両親もこんな気持ちだったのだろうか。

2025年1月22日水曜日

五年経ったら

 今日は午後に明日の教務委員会の打ち合わせがあっただけだった。午前中は、来週副査に入るスペイン語専攻の学生の修士論文で扱われている、ガルシア・ロルカの『五年経ったら』という作品を翻訳で読み、その後Youtubeにアップロードされていた日本での公演を観た。

ロルカの作品はいくつかは読んだことあったけど、『五年経ったら』は初めて読んだ。時間と愛情がテーマなのはわかるけど、なかなかに抽象的で詩的で僕の好み。試問までにあと1回は読みたいと思う。Youtubeで観た公演は劇団クセックACTによる2010年のもの。こちらも俳優の身体性に多くを語らせる演出が面白い。ちゃんと変なものを観たという気にさせてくれる。

大学には13時ごろに着いて、ちゃんと打ち合わせをこなし、同僚と卒業論文の試問の日程の相談をして、明日の準備も少しだけして早めに帰宅した。ぎっくり腰の具合はもう少しで治るかなという感じ。でも無理はしないでおこう。

2025年1月21日火曜日

手に残るおいしさ

 今日も1限から授業。2年生の講読の後期試験。辞書持ちこみ可で日本語訳だけでなく、細かい内容理解も問う問題。難しすぎず、それでいて普段の学習の量や深度を測ることができるいい問題ができたと我ながら思っていたのに。

試験からわずか数時間で、4名の学生から「もし合格点に達していなければ、追試や課題などで救済を云々…」とメール。う〜ん。講読の力をつけるためには、毎週の準備のさいに、知らない単語の意味を調べた後で、どれだけ内容理解のために時間をかけられるかが重要! とずっと言ってきてたのになぁ。会話ほど如実には気づかないけど、日々の練習が重要だとも。だから、追試をしたところで、訳読の課題を出したところで、この1年間に着実に予習・復習をしてきた学生に追いつけるはずがないことを理解してほしいと思う。

2限目は文化演習。映画『ニューシネマパラダイス』の映画評を今日で読み終えた。最近はイタリア語専攻の学生もほとんどイタリア映画を見ていないから、授業で取り扱うことで少しでも観てくれたらいいな。

午後はトビタテの留学計画書の相談を1件と大学院の授業。修士論文を無事に提出した学生を労ってあげる。そして夕方は外国部学部主催の就職フェアで開会の挨拶。

家に帰ると、ふるさと納税で注文していたカニが届いており、手も服もテーブルクロスもぐちゃぐちゃになりながら殻を剥いて吸い付く。いつまで経っても全然上手に剥けるようにはならないし、ある程度の量剥いてから口いっぱいにカニを頬張りたいので、食べ始めるまでに時間がかかるんだけど、それでもカニは美味しい。

食後手を洗ったはずなのに、キーボードを打つ指からはカニの匂いがして、やっぱり美味しい。


2025年1月20日月曜日

卒論全員提出!

 今日から仕事復帰。キャリーケースを杖代わりにしてなんとか歩くものの、歩幅が小さすぎて、いつも6,000歩ほどなのに、今日は9,000歩超。たまに重心がずれて痛いこともあったけど、なんとか無事帰ってきました。いやーぎっくり腰辛い。

今日の授業はシチリア文学の講義と1年生の文法。前者ではマフィアを扱った短編を読みつつ、マフィアとは精神構造か犯罪状況かといった話をする。1年生の文法の方は、教科書最後の項目の話法の転換と時制の一致、どの言語でも難しいよね。

今日は卒業論文・修士論文の提出日だったけど、無事全員提出していることを確認。とりあえずお疲れ様でした。2月の口頭試問までに同僚の先生方のゼミに所属している学生の卒論を読んでおかなきゃ。あと修士論文の試問が2つ。頑張りましょう!

あと数時間でアメリカでは大統領の就任式か。国際社会はどう変化するのかな。それも気になります。

2025年1月19日日曜日

仕方なく静養

 1日で治るわけないよな。起きたばかりの身体は伸びた状態で硬直していて、ベッドからなかなか起き上がれない。片手をついた姿勢で痛みに耐える。

朝起きたらぎっくり腰が奇跡的に回復しているといいなとは思っていたが、やはりそんな上手くはいかない。今日は仕事には行けず、仕方なしの静養となる。この2日間まったく役に立てていないという意識が少し僕を苛む。

後ろめたさを感じながら、机でできる作業をする。授業の予習と1年生の文法の試験を作った。座ってじっとしていれば腰は大丈夫。痛くない。ただ、同じ姿勢でじっと座っていると、また立ち上がるとき痛みに一瞬腰が曲がる。

今日はずっとこんな感じでのんびり家で過ごしていた。明日が卒業論文・修士論文の提出締め切りなので、明日からはあと2週間となった授業の予習に加えて、口頭試問に向けて自分のゼミ生以外の卒論も読んでいかなくてはいけない。なかなか自分の研究に取りかかれない。

そんなことより、でも今は、ぎっくり腰よ早く治れ!

2025年1月18日土曜日

Il colpo della strega!

 「魔女の一撃」を喰らってしまった。Il colpo della strega、いわゆる「ぎっくり腰」である。膝をかばって重い荷物を持ち上げようとしたのが良くなかった。生まれて初めての経験だ。

今朝はいつもより2時間近く早く家を出た。それでも御堂筋線には多くの人が乗っていた。今まで自分が行動していなかった時間、それでも街はすでに動いていた。新鮮な気持ちで職場に向かう。

職場に着き、昨年までとは違った業務に従事している時のことだった。本当にピキッという音が聞こえたようだった。やばいと思いつつも午前中の業務についていたが、脂汗が流れるほどの痛みに、同僚に謝りつつ整骨院へ。面目ないし情けない。土曜日に開いていたそこでは強めにマッサージを受けた。それがぎっくり腰にいいのかどうかわからない。ネットで調べても賛否両論だ。

明日の朝はどれだけ回復しているだろう。同じ姿勢を取っていたあと、痛みはひどくなるという。今晩は寝る姿勢も注意しなければならない。

今日から共通テスト。甥の1人が受験しているはずだ。自分の力が発揮できることを祈っている。

2025年1月17日金曜日

ボレロ

 30年前の1月17日、僕は大学の4回生だった。散らかった6畳の部屋に布団を敷いて寝ていた足元に何冊かの本が落ちてきた。京都は震度5だった。その日は試験か何かがあったんだと思う。大学から昼前にアパートに戻りテレビをつけると信じられない光景を目にした。

同級生にも被災した人はいた。でも、その頃の僕には本当の意味での悲劇は理解できていなかったように思う。

体感として恐怖を感じたのは2011年3月の震災の時だった。と言っても僕は東北にいたわけではない。学生の引率でイタリアにいた。土産物屋で日本が大変なことになっていると聞いて、インターネットでNHKのニュースに繋いだ。その後、数日に渡りイタリアのニュースでは、自主規制が日本より緩い映像が流れていた。僕が恐怖を覚えたのは物理的距離だった。京都には妻と息子がいた。すぐに会えないことで焦燥を覚えた。

2017年2月、僕は昨年(2024年)鶴屋南北賞を受賞された横山拓也さん脚本の『あくまでも春』(小原延之さん演出)という市民劇に出演した。横山さんの自伝に基づく劇で、震災の前日(?)に惑星ピスタチオの『破壊ランナー』を観たというエピソードが含まれていた。『あくまでも春』の演出では、ブレードランナーのような振り付けから震災を表す暗転と破壊音まで6分あまりボレロが流れていた。ボレロを耳にするとどこかで震災を思い出す。

2025年1月16日木曜日

心の傷を癒すということ

 今朝はあやうく予定をひとつ飛ばすところだった。同僚から少し遅れるというLINEをもらって、その予定に気づく。幸い大学に着いていたから良かったようなものの、完全に忘れていて焦る。2限目のゼミのことで頭がいっぱいだった。

そう、2限目は卒業論文提出前の最後のゼミ。卒業予定者の論文の最終チェックを行なった。みんな納得のいく卒業論文になっていれば嬉しい。来週も授業はあるけど、もう提出日は過ぎているから、来週は茶菓と飲み物でも用意して、4回生を労いながら3回生に卒論執筆で苦労したことなどを話してもらおう。

午後は留学相談が一件と外国語学部主催の就職フェアでの冒頭の挨拶。つつがなく終える。帰宅間際に学務係から気になるメール。来週またメンタルを削られそうな案件。あーあ。

夜は先週NHKで2夜にわたって放送していた『心の傷を癒すということ』というドラマの全4話中、まだ見ていなかった最後の2話を見た。阪神大震災の時に被災者に寄り添った精神科医の実話、と言ってしまえば簡単だけど、家族愛や在日韓国人のテーマもあって、主人公の誠実な姿勢と言葉が柄本佑の好演もあって涙腺を刺激するいいドラマだった。今日のうちに見ておきたかった。

2025年1月15日水曜日

匂わせるわけじゃないけれど…

 今日は授業のない水曜日。でも大学では大きく分けて3つの集まりに参加した。気が重くなるもの、ワクワクするもの、重要なのは分かってるけど退屈だったもの、いろいろあったけれど3つとも今の時点でブログにはっきりとは書けないんだよね。匂わせるわけじゃないけど。

あとの時間は2年生の講読の試験問題をつくって、同僚の先生と卒業論文の口頭試問の日程を調整した。あっそうだ! 仙台出身の同僚の先生から銘菓「萩の月」をいただいた。ありがたい! お正月に帰省していたらしい。鹿児島のお菓子「かすたどん」と似ているけれど、クリームが少し違うかな。萩の月の方がミルク餡っぽい風味がある。僕の方はこの正月は鹿児島には帰らなかった。来月落ち着いたら数日帰ってみようかな。


2025年1月14日火曜日

なんとなくダメージ

 1週間ぶりの通勤。昨日の時点で膝の痛みはほとんどなくなっていたはずなのに、自転車通勤と1, 2限目の連続立ちっぱなし授業のせいか、昼過ぎからまた鈍痛がしてきてなんとなく憂鬱。

午後には文科省の「トビダテ!留学JAPAN」に申請する学生の書類のチェックと修士論文提出前最後の大学院生指導。どちらも論理の構築と日本語の彫琢に気を遣って少し疲れる。

帰りには梅田に寄って注文していた眼鏡を受け取りに行く。初の遠近両用眼鏡。レンズの下側が近距離用になっているために、階段を降りる時などには注意するように言われる。

いくつになっても誕生日はお祝いすべき、が持論だけど、膝の痛みといい、遠近両用眼鏡といい、なんとなくダメージを受けてしまうなあ。心身ともに若々しくありたいよね。

2025年1月13日月曜日

法事と成人式

 1月13日。今日は義父の命日で妻の実家で法要を取り行った。亡くなって9年になる。9年前は訃報を受けて、間近に控えた演劇の公演のための通し稽古を休んだことを思い出す。座組の仲間はみな僕のことを気遣ってくれた。

お坊さんが来て正信偈を全員で読む。親鸞聖人による生きる意味の告白、とされるが、もちろん詳しい意味はわからない。ただイタリア語でもそうだが、基本音読が好きな僕は朗々と(と自分では思っているのだが)読みあげる。が節回しは難しく、妻からは音痴なんだから小さな声で唱えて、といつも言われてしまう。

法要の後、昼食をとっているときに、テレビでは各地の成人式のニュースを流していて、妻が妹にどうして成人式のとき振袖を着なかったのかと質問していた。僕の成人式のときはどうだっただろう。式典に行かなかったのは確かだ。友だちと飲みに行ったかさえ覚えていない。

とりあえず明日は2回生の授業があるから、おめでとうございます、から始めてみよう。

2025年1月12日日曜日

ASIKA

 連休の2日目。午前中は修士論文の添削と火曜日からの授業の予習を少々。お昼には近くのコルダ食堂にランチを食べに行った。たくさんの品目が入ったサラダも淡路牛のボロニェーゼも美味しかった。

午後は今年第1回目のASIKA。そう僕はアシカなる研究会に属している。今日は京産大で今年最初の例会が開催された。せっかくだから現地に行きたかったけど、膝のことも考えて(普通に歩くだけなら、もうほとんど痛みはないけれど)今日はオンライン参加。イタリアの詩人モンターレの最新の研究に対して、修士課程を終えようとしている若手研究者が素晴らしい質問とさらには講師と自分との考えが違う箇所を遠慮がちに述べていた。素晴らしい! 僕にとってはそれほど詳しくない分野なので、とても勉強にそして刺激になった。

夕食後は今度は卒業論文の添削を1人分。提出まであと1週間。次の週末は僕自身が土日とも終日仕事だし、金曜日までに卒論も修論もしっかり見て、提出にGoサインを出さなければ。

2025年1月11日土曜日

1並びの日

 今日から3連休の人も多いのかな。大阪大学も基本祝日は授業を行わないので(特に成人の日は大学生にとって大切な日だしね)、僕も3連休が始まった。

今朝は膝の具合を診せに再び病院へ。昨日一歩も外に出なかったので、もう少し寒いかと思っていたけどそうでもなかった。今日も注射を1本打ってもらう。まだ少し痛む。火曜日には痛みがひいているといいけど。

午後はオンラインでアラビア語の授業を受ける。久しぶりに昨日予習したので、今日は当てられたときになんとかうまく答えることができた。年始の過ごし方と今年の抱負! イタリア語なら簡単なはずのテーマだけど、アラビア語で答えるのはかなり難しい。

正月放映されていて録画していた映画『鴨川ホルモー』を久しぶりに観た。僕の大学生活はあんなに青春してなかったけど、わかる部分も多くあって面白い。

2025年1月10日金曜日

外は寒かったらしい。

 大阪市内は雪は降らなかったけど、豊中キャンパスは雪が降っていたと同僚が教えてくれた。膝の痛みはだいぶ治まってきたけど、今日は授業がなかったので終日家にいた。

オンラインでの会議が2つ。あとの方の会議は教員として、親として怒りを覚える案件だった。来週から取り組むことになりそうで気が重い。

学生の卒論の添削を少しと、あとは数年前から趣味で細々と続けているアラビア語の復習と予習をする時間がとれたのが今日は収穫だった。土曜日にオンラインで授業を受けているけど、仕事のために半分は行けてないし、復習も予習もしないで受講することが多くほとんど上達しない。イタリア語を教えるときに学生には、「語学は毎日触れることが大切」とか言っているけど、まさにその大切なことを怠っているためにアラビア語は全然上達しないのだ。まぁ、教える立場にいるものが、たまには教わる側に回って、それも劣等生気分を味わうというのも悪くない、と自分に言い聞かせてみたりする。

息子がエジプトで焼き芋を食べているインスタを上げている。向こうも寒いのかな?

2025年1月9日木曜日

2日目にして健康のお話

 昨日思い立って始めたこのブログ。実は昨日の晩の早い時刻、最初の投稿を書いていた時から右膝の裏側が痛かった。その後、寝る前になって信じられないほどの激痛が走るようになり、膝を曲げることも伸ばすこともできない。なんとかベッドに入り、痛みに耐えつつふと眠りに落ちたと思っても、何かのきっかけで脚が動いてしまったらしく、苦悶の悲鳴をあげて深夜に奥さんを起こしてしまい、その後も朝まで眠れませんでした。

午前中にタクシーで病院へ行くと膝の裏側に水が溜まって炎症を起こしているということ、膝に注射をしてもらい、夕方には昨日と比べるとだいぶ痛みも治まってきました。

今日の2限目は卒業論文提出を10日後に控えた学生たちの指導の時間があったのですが、また午後には重要な会議がたくさんあったのですが、大学に行くことが叶わず。申し訳ない。体調管理は大切です、って年末に学生たちに言っていたのに自分がこれじゃね。でも学生や同僚、教職員の方々に私の体調を気遣っていただき、ありがたく思う。

体調がしんどかったわけではないので、家で楽な姿勢で1年生の宿題の添削をしたり、仕事のメールを書いたりしていました。明日はもう少し仕事をしようと思います。

2025年1月8日水曜日

最初のひとりごと、あるいはご挨拶

 ブログを始めてみようと思う。

その日どんなことをしていたか、どんなことを感じていたか、記録に残しておくことで少しでも毎日に引っ掛かりができればいい。時間が平坦に早く流れるように感じ始めてからもうしばらく経つ。少しでもそれに抵抗して、できれば彩りを添えられたらと思う。

ほとんどはひとりごとで、読むのは僕一人かもしれない。でも何かの偶然で読んでくれる人もいるかもしれないから、少しだけ読者を意識した文章になるかもしれない。

早速今日のこと。留学中の息子の学費を送金するために銀行に行った。結構時間がかかった。お昼はベトナム料理屋でガパオライスとフォーのセット。家に帰ってきて来週火曜日の2回生の講読の予習。できるうちにできることをやっておかないと、この時期は学生の卒業論文の添削依頼がいつ来るかわからないから。

とりあえず初日はこのくらいでいいかな。少しずつ面白いことを書いていきたいな。