明日から大阪大学の学園祭「まちかね祭」が始まるということで、今日から来週の火曜日まで授業はない。5日間のちょっとしたバカンスということになる。
ただ、締め切りを過ぎた原稿や、ほかにもやるべきことが結構あって、とても旅行には行けない。どこか2,3日でも国内旅行がしたいなぁと妻と話しているのだが、なかなか実現しない。
今日の午前中は、大学の相談室から執行部あてに少し重たい案件の報告。早急に対応しなければ。
明日から大阪大学の学園祭「まちかね祭」が始まるということで、今日から来週の火曜日まで授業はない。5日間のちょっとしたバカンスということになる。
ただ、締め切りを過ぎた原稿や、ほかにもやるべきことが結構あって、とても旅行には行けない。どこか2,3日でも国内旅行がしたいなぁと妻と話しているのだが、なかなか実現しない。
今日の午前中は、大学の相談室から執行部あてに少し重たい案件の報告。早急に対応しなければ。
木曜の午後は会議日。今日は12時15分から人文学研究科の教授会があったので慌ただしかった。数年前に外国語学部の上にあった言語文化研究科と文学部の上にあった文学研究科が合併して人文学研究科になったものの、キャンパスも箕面と豊中で離れており、普段はなかなか同じ研究科に所属しているという意識は持たない。
ただ年に数回ほど、Zoomで2会場をつないでの教授会がある。今日はその日だった。人文学研究科長を選ぶ選挙だった。全部で5専攻からなる研究科のうち3.5専攻は豊中にあり、当然豊中所属の先生方のことはあまり知らない。だから選びようがない… と人文学研究科になって以来、ずっとそう思っている。
その後、専攻語代表会議を挟んで執行部会議。僕は専攻語代表ではないので、その間に昼食をとっていたのだが、執行部会議で伝え聞くところでは、専攻語代表会議ではある懸案で少し揉めたらしい。
さらに今日は執行部会議のあとも入試問題のチェックなどがあり、かなり帰りが遅くなってしまった。
今日は授業も会議もなかったので、妻とぶらりと梅田に。阪神百貨店での食材の買い物、そしてメゾンカイザーでパンを買うことが目的だった。
何気なくグランフロントに立ち寄り無印良品でバインダーや日用品を買っていたが、今10%引きのセールをしていて、さらに「ゆっくり割り」なるキャンペーンがあり、1ヶ月半以上後の配送だと、ポイントがかなりつくらしい。そういえば、ASKULの通信障害のニュースで無印の配送にも影響が出ているといっていたから、そうした影響もあるかもしれない。
ベッドとか見てみない、と妻に言われ、ベッドコーナーに。いろいろなベッドに横になって、結局新居の息子用のベッドは無印でいいか、ということになり衝動買いしてしまった。
10月28日はお世話になった高槻の伯母さんの命日。2年前だった。
鹿児島から京都に出てきた大学時代には、数ヶ月に1度くらいの割合だっただろうか、高槻の伯母さんの家に行くと、いつもたくさんんお料理でもてなしてくれた。お昼ご飯から晩ご飯の間もずっとお菓子か何かを出してくれて、一緒におしゃべりしていた。タクシーの運転手をしていた伯父さんが帰ってきて、晩酌に付き合ってから帰るというリズムができていた。
結婚して家庭をもつとあまり行かないようになってはいたが、それでも年始や冠婚葬祭など親戚が集まる時には、いつも親切にしてくれた。
昨年の命日、姫路に住んでいるいとこ(伯母さんの長女)に電話をかけると、ショッキングな話を聞いた。伯母さんが亡くなって数ヶ月後に伯父さんも病気で亡くなっていたらしい。伯母さんの葬儀で、棺に縋り付くようにして泣き叫んでいた伯父さんの姿を思い出した。お葬式でそこまで取り乱す人をそれまで見たことがなかったから驚いたが、愛情の深さを感じて感動したことを覚えている。
きっと伯母さんなしでは頑張れなかったのだろうな。
今日は3ヶ月に1回の腎臓の定期検診の日。かかりつけ医が京都にいて、その先生の診察は月曜日にしかないので、1限目を休講にして京都に向かう。
大学に入学したときの健康診断で引っかかり、もう30年以上も気長に付き合っている病気だが、やはり毎回の検査の時には緊張する。数値が極度に悪化していたらどうしよう。
かといって、日頃健康的な生活を送るでも、飲食に気をつけているわけでもないのだから、身勝手なものである。
幸い、特段変化もな買ったので、これまで通りの処方と3ヶ月後の予約。急いで大学に向かった。朝ごはんを抜いていたので、大学前のインド料理店で、少しデラックスなランチを食べた。
どこにも行かなかった日曜日。妻は友達とコンサートを聴きに行った。午前中は今書いているイタリア語論文を少し進めて、あとは今週の授業の予習。
お昼に息子がライスヌードルを使って焼きうどん?のようなものを作ってくれた。美味しかった。その後、息子も出かけたので、家で勉強したり、お笑いコンテストを見たりしていた。
今日の午後は、演劇仲間が1年に1度贈り届けてくれるギフトを受け取りに。歌を中心として、ダンスや劇も詰め込んだお得なプレゼントなのだが、「命」をテーマにした今年はボディビルダー!?の参加もあったりして面白かった。
強く励まして背中を押してくれる、というタイプではないのだが、身近にある大切なものに気づかせてくれ、自分を肯定するとともに、周りのものを今までより慈しみを持って見ることができるようになる、毎年そんなギフトを受け取りに行くのだ。
あー、僕もまた演劇したいな。願うことなら歌やダンスもできればいいのに。
今日の午前中は妻とカーテンのショールームへ。リフォーム後の京都のマンションに設置するものを選びに行った。カタログの中から良さそうなものをいくつか選んで、実際にサンプルを見せてもらうのであるが、大きさが変わると(カタログの大きさからサンプルの大きさへ)、色合いや光の透過性、テキスタイルのニュアンスまで印象が微妙に変わってしまうので難しい。だいたい今まで、大学に入る時の一人暮らしのために、イズミヤかどこかで好きな色だけを(つまり遮光だとか、生地の種類とかは度外視して)選んで安いカーテンを買った記憶しかない僕にとっては難しすぎた。
結局妻に任せたのだが、新居にマッチすればいいな、と思いつつ、住み始めたら結局何も気にしないんだろうな僕は、とも思う。
晩は楽しみにしていたオンラインでのウンベルト・エーコに関する講演会。ボローニャ大学からAnna Maria Lorussoさんを招いて、国内からは和田忠彦先生、橋本勝雄先生というエーコの代表的な研究者がディスカッサントとして参加した贅沢なものだった。
エーコについては、これまで読者として圧倒されるばかりで、研究したことも授業でちゃんと取り上げたこともなかったのだが、やはり重要な作家で再読してみたいと思った。
今日はイタリア語専攻3つのゼミを合同して、作家のマッテオ・B・ビアンキさんの特別授業を実施した。先週末に大阪市立中央図書館で、彼の自伝的著作La vita di chi resta(邦題は『遺された者たちへ』) についての講演会を聴き、その重たい内容に少し心配もしていたが、学生たちを前にした今日の特別授業では、本の内容に加え、彼のこれまでの道のりや現在彼が編集者を務めている、新たに立ち上げた出版社Accentoのことや、そこで出版している若手作家の興味深い本の話など、いろいろなトピックをユーモアを交えながら話してくれた。
学生からも、尊厳死のテーマについてや自己表現についてのものなど多くの質問が出て、とても有意義な時間を過ごすことができた。
このような機会を持つことができて、イタリア文化会館・大阪のイニシアティブにはとても感謝している。
録画しておいたNHKスペシャル「サラームの戦場」を晩に観た。昨日のシンポジウムでサヘル・ローズさんが「爆撃の音に似ているから花火が嫌い」と語っていたことが、放映を見て腑に落ちてきた。
2年間近くに及ぶ記録だったので、瓦礫へと変わっていく街並み、笑顔を失い、配給に争うように群がる子どもたち、頬がこけていくカメラマンのサラームさん、いろいろな変化が垣間見られ、その変化を余儀なくした月日の長さ、重さに思いを馳せた。
日本のテレビではあまりないことであるが、テロップ付きでご遺体もご遺体に取りすがりながら泣き叫ぶ残された人々の姿も克明に映されていた。
再び停戦合意が反故にされようとしている現在、状況を憂えているだけでいいはずはないのだが、何をすればいいだろう。
今日のシンポジウムに参加するまで、考えたことのない問いだった。僕を形作っている、いや「彩っている」言葉には、どんなものがあるだろう。生まれてから18年くらいは鹿児島弁をベースに、せいぜいテレビドラマで見る標準語と学校で習った英語くらいだった。
京都に来てエセ関西弁を話すようになり、イタリア語を学び、そして教壇に立つようになってからは、関西人からのエセ関西弁に対するツッコミが怖くてエセ標準語を話すようになった。その後、アラビア語をかじり始め、舞台では身振りや表情の身体言語を学んだ。広い意味での「ことば」ということなら、もっとたくさんあるかもしれない。
今日のシンポジウムでは外国にルーツを持つ3人のパネラーのトークや絵本の朗読、ライブを通じて、決して「ツール」だけではないことばの力を思い知らされた。笑ったし、泣いたし、年甲斐もなくジャンプまでした。今日の3人のように、立体的で質感があり、艶やかで、感情をしっかり伝え、心を激しく揺さぶるようなことばを届けることができるようになりたい。外国語を教える、文学を教える教員として、社会人として大人として、そして夫として親として。
今日は大阪市立中央図書館に。イタリアの作家マッテオ・B・ビアンキ氏の著書La vita di chi resta(邦題は『遺された者たちへ』)の出版記念で、ビアンキ氏と社会学者で生活史の聞き取り調査なども行っている岸政彦氏の対談イベントを聞きに行った。
本を読んでいた時は、ビアンキ氏に感情移入して泣きながらも、そのような喪失は自分の身には決して起きてほしくない、本当の意味で理解などしたくない、とどこか拒否感のようなものを感じていた。
今日、自らに起きた悲劇(という表現では軽すぎるだろう)を、作家としての距離感と理性をもって話すビアンキ氏の姿を見て、少し心が軽くなった。良かった。来週の木曜日、弊学でもビアンキ氏に講演をしてもらうのだが、学生たちに本の説明をして、講演の際はビアンキ氏にどんどん質問してね、と呼び掛けていたのだが、正直今日まで、僕自身どのような声が掛けられるだろう、ましてや質問など軽々しくできるのだろうか? と思っていたのだ。
また、岸氏が話していた戦争体験者へのインタビューについても、心を揺さぶられるところが多かった。肉声を聞くことの重要性や肉声のもつ喚起力を強く感じた1日だった。
今日はいろいろ忙しい日だった。うちの学部では木曜の午後は会議日なので、授業はないのだが、今日は委員会が一つに、派遣留学のための専攻内の試験、そして大学院入試の説明会があった。
大学院入試の説明会では、他大学の4回生の参加があった。嬉しい限り。現在の卒論の進捗や大学院進学後の研究計画などを伺った。すでに留学経験もあり、研究したいことも明確なように感じた。院進する学生が減ってきている昨今、イタリア関係でも多くの人が大学院に進んでくれると嬉しい。
ちなみに目の端、大きな部屋のほぼ対角線上には、息子の姿もあった。まだ3回生だが、彼はどうするのだろう?
午前中、御堂筋沿いの三菱UFJ銀行大阪本店の6階に向かう。いささか緊張気味で、なにか不条理なことがあれば文句を言おうと若干臨戦態勢でもある。
今年の初めくらいだった。エジプトに留学中の息子の学費を国際送金で払おうとしたものの、先方から指定されたエジプトの銀行口座とその大学とが「紐づけされていない」ということで、3回も送金に失敗し、その度に手数料を取られることになった挙句、結局銀行を通しての国際送金ができなかった苦い思い出が蘇ってきたのだ。
今日の要件は、それとはまったく別。イタリアの美術館に所蔵されているタペストリーの図版を僕の論文に使用したくて、その使用許諾料をやはり国際送金で払いに行ったのだ。今度は何も不都合やイレギュラーなことがありませんように。
約30分後。何の引っ掛かりもなく送金の手続きは完了した。17ユーロの図版使用料の送金のために銀行手数料が7000円もかかること自体少し不条理を感じたが、それでも晴れやかな気分で銀行を出て、堺筋本町の趣のあるカフェに入った。
もうそれほどジャイアントキリングじゃないのかもしれない。僕らがウイイレに夢中になっていた頃には想像できなかったけれど。個のテクニックでもかなり世界に近づいて来ている。ヨーロッパでプレイする選手も増えて、通用するという自信もつけているのだろう。来年おワールドカップが楽しみだ。
3連休最終日。今日は明日からの授業の予習と論文の執筆を少しだけ進める。
途中、テレビで出雲駅伝を見ていた。今まで駅伝は正月の箱根駅伝くらいしか見たことがなかったのだが、景色が違う。出雲大社には行ってみたい。そういえば今の朝ドラも島根が舞台だ。旅行行きたいな。
3連休の中日。どこかに行きたくて検索。京セラ美術館でサンディエゴ美術館展が明日までなのを知り、京都に向かう。すでに訪れていた息子から、良かったというざっくりした評判を聞いていたので。
篠田屋で久しぶりに皿盛りを食べ、美術館へと歩く。すごい人出だと思ったら、平安神宮前では「京都学生祭典」が行われていて、よさこい?のダンスミュージックが鳴り響き、鳥居をバックに色とりどりのハッピのようなものを着て、顔にもラメをつけた学生たちが楽しそうに踊っていた。懐かしい。
カリフォルニアになど行くこともないので、どんな絵が来ているか楽しみだった。実際、ジョットやフラ・アンジェリコなどイタリア人の絵画も図録でしか見たことのないものを見ることができて良かった。
帰りには三条通のスギモトというケーキ屋に寄り、チェリーパイを食べた。素朴で美味しかった。
今日も特に何も起こらず、平穏にすぎた一日。お昼前に義母と義妹が、美味しい焼き鳥弁当を持って来てくれて、午後までクライマックスシリーズを見ながら過ごしていた。
今日から3連休。テレビのニュースでは閉幕を控えた万博の混雑ぶりがしきりと映し出されるようになった。もう半年過ぎたのか。時間の流れは早い…ようでいて、今日はゆっくり流れていた。
夕方に所属している学会から次期編集委員の打診がきた。本当に大変な仕事なんだけど、微力ながら学会に、そして若い研究者に恩返しをしなければ。
晩はキングオブコントを堪能。最近M1もそうだが、僕が面白いと思う芸人の得点があまり伸びない。人それぞれの好みだからいいとは思うけど。
今日は午前中にオンラインの会議があっただけなので、買い物に出る以外は家で過ごしていた。パソコンの前に座っている時間が長かったのだが、右上の表示にふと目が行くと10月10日。今では普通の平日だけど、昔は「体育の日」だったなぁとふと思う。
移動祝日が普及して以来、いくつかの祝日が日付のアイデンティティを失い、なんとなく無抵抗に月曜日に移動した。連休は誰にとっても(特に経済を回すためには)ありがたいと思うが、それでも少し残念な気もする。
例えば、昭和時代には10月10日の体育の日生まれにちなんだ命名もあったかもしれない。そんな文化まで喪失してしまった気がする。
今日からゼミは卒業予定者の発表。うちは卒論の提出は1月20日が締め切りなのだが、昨年度はギリギリに提出した学生が多く、結果的に一人の学生が不受理となって卒業できなかった。学科教員一同、忸怩たる思いだった。そんなわけで、今年度からは1ヶ月前の12月20日に3つのゼミとも一応の完成版を提出してもらい、その後、我々がしっかり確認、添削などをしようということになった。
したがって、実質あと2ヶ月くらいで書いてもらわなければならない。今日の発表でも自然と指導が厳しめになってしまった。ゼミ生には少しでも自分が納得のいく卒論を書いてもらいたい。
午後は今日は教授会の日。いくつかの懸案があっていつもより長い時間がかかってしまった。
今日は1日のうちに京都・大阪・神戸の三都物語(古い!)を達成した。
朝は京都の病院で、足の親指の爪を剥いでもらった。もう5年くらい前になるだろうか。京都駅近くのキャンパスプラザで学会の幹事会を開いていたときだった。会議用の長机を一人で運んでいて、誤ってそれを左足の親指の上に落としてしまったのだ。爪が縦に大きく割れて、血が吹き出した。結局僕はそのまま病院へ直行することになり、翌日の学会には松葉杖をついていくことになった。その後、傷は治ったものの、奇妙なことに僕の足の親指の爪はずっと左右に割れたまま2つに分かれて伸び続けた。それを数週間前に机の角にぶつけて、その半分が剥がれそうになっていたのである。今まで傷テープで保護して、なんとか爪が剥がれ落ちないように注意しながら生活していたが、ついに皮膚科に行って剥がれかかった爪を取ってもらった。しばらくは足の親指の爪がない状態になる。正直怖い。
その後、神戸で妻と待ち合わせてゴッホ展へ。「夜のカフェテラス」や「自画像」などクレラー=ミュラー美術館の作品が多く来日していた。「夜のカフェテラス」が素晴らしいのは、やはり星空の明るさだろう。黄色と青が隣り合っていてカフェテラスの陽気さを強調している。好きな絵だ。
先週の水曜日から後期の授業が始まったので、今日で1週間。すべての授業を一通り終えたことになる。夏休みにもう少し準備できていればよかったのだが、いざ始まってからの自転車操業はいつものこと。でもそれなりに、手応えはあった1週間だった。宿題の添削に講読や講義の予習。同僚とリレー方式で行っている授業の報告… いつものルーティンも戻ってきた。
妻はわりと模様替えなど律儀に守る方なので、10月からスーツで通っているが、やはり大学に着く頃には汗だくになっている。それでも夕方帰宅する時には、かなり涼しさを感じるようになってきた。地下鉄の出口を出たときの外も気付けば暗くなっている。秋も頑張ろう!
今日はこの先の数年間の労働環境がガラリと変わってしまう可能性のある話を聞いて、ショックを受けている。まだ、どうなるかわからないが、少しは覚悟しておかなければなるまい。
後期は5限目の授業がなくなり、少し早く帰れるのが嬉しい。梅田の阪急で中秋の名月観賞用の団子を買って帰った。本当に綺麗な月だった。
今日は京都のマンションに。初めて聞く言葉であったが「墨出し」と言って、本格的に壁などを建築する前に、設計図に描かれた壁や床、天井の位置や高さ、梁を避けての配管や配線の場所などを、建築現場に墨を使って示す日だった。元々空間的な認知能力に自信がない僕は、図面だけを見ていても、空間があまりイメージできなかったが、今日コンクリートの床や梁が剥き出しになった空間を見て、初めてなんとなくではあるがスペースを意識することができた。
ふと気づくと、妻と業者の方が深刻そうな顔をして話している。マンションの理事会に掛け合ったが、トイレの配管の位置を変えることができなかったため、当初の図面よりも便器前方がかなり狭くなるという。それは嫌だ。たまに出張の時に狭いトイレがあると、頭をぶつけてしまいそうになる。流石に自分の家でそれは嫌なので、便器を小さくしたり、タンクレスにしたり、といろいろ考え直すことになった。
その他の部分は、それほど問題はなかったらしい。リフォームの終了までまだ2ヶ月以上もある。家全体が新しくなるのは少し楽しみである。
すぐに日常は戻ってくる。今日は授業前に1つと午後に1つ。どちらも重要な会議だった。また、今セメスター最初の授業はゼミ。留学から帰ってきたゼミ生にエピソードを話させてから、4回生・3回生に夏休み中の卒論準備の進捗状況を聞いていく。予想通り、それほど進んでいない。まぁ、それは自分を顧みてもお互い様なのでなんとも言えない。
その後、3回生がこのセメスターにするべきことを詳細に説明して、4回生の発表スケジュールを決めて今日の授業は終了。途中、話していると咳が止まらなくなる瞬間があった。まだ体調がどうも優れない。
今年の僕の時間割では月曜火曜に授業の大半が配置されているので、今日は本当に試運転という感じ。明日からの3日間で、授業の予習と自分の研究のための時間配分のサイクルを確立せねばならない。