2025年7月31日木曜日

回転木馬

 前期の授業も大体明日で終わるということで、今日は同僚たちと院生と打ち上げに行った。最近中崎町にオープンしたばかりのイタリアン。

スプマンテのボトルから始めた。冷たい炭酸が気持ち良い。その後も前菜にパスタ3種、リゾットにピッツァも3種(うち2つはいわゆる揚げピザで、重量感があったが美味しかった)、メインにはフォアグラと牛フィレのロッシーニ風を食べて、デザートとエスプレッソ。正直、このブログを書いている今、胃が重たい。




2025年7月29日火曜日

採用人事の試験官

 今日は1、2限の授業を終えて淀屋橋へ。今日の午後と明日は終日、イタリア文化会館のスタッフ採用のための試験官を務めることになっていた。

今日の僕の任務はイタリア語から日本語に翻訳した試験の採点だった。詳細は言うことはできないが、イタリア外務省の出先期間だけあって、試験は一切不正の余地が入り込めないように厳密に行われる。この業務を行うたびにその厳密さには驚いてしまう。

夕方は急いで京セラドームへ。西武の連敗を僕の応援の力で止めてきた。

2025年7月28日月曜日

学問への扉

 今日で1年生向けの基礎ゼミ「学問への扉」の授業を無事終えることができた。新入生を学部横断で分け、大学での学問の基礎を教えるという授業で、僕は今年から3年間担当することになっていた。初めて担当する授業であるということ、そして理系の学生も含めて様々な学部の学生がいることもあり、手探りではあったが楽しい授業だった。

トピックとしてはイタリアの社会や文化的事象を扱ったが、僕が講義する部分は一部にとどめて、あとは反転学習的にそのトピックに関連することを調べてきてもらったり、トピックから展開したテーマについて討論したりした。学部の授業ではイタリアのことを理解してもらうことが主眼となるが、この授業ではイタリアはあくまでもトピック。主眼は調査の方法論の提示や、発表に対する批評、そして自分の言葉でのディスカッションだ。

どこまでうまくいったかはわからないが、少しでも新入生の学問への扉を開けたとしたら、とても嬉しい。課題レポートの締め切りを楽しみに待つことにしよう。

2025年7月27日日曜日

終日家で仕事

 今日は僕も所属している研究会の例会があったのだが、先週の週末も来週の週末も仕事で、現状自分が抱えている仕事の量を考えて、今日は欠席してしまった。例会が始まる頃合いになると、やっぱり行けばよかったかなぁという思いがよぎったが、我慢して部局の書類書きを進めた。

授業は大体あと1週間! 再来週にも若干補講が残っているけど。心置きなく今進めている研究に入るためにも、試験の採点から成績付けまでをテキパキと進めていかなければ。今週は頑張りどころだ。

2025年7月26日土曜日

久しぶりに妻と居酒屋

 今日は午後に天王寺に買い物に行った。最近妻は「てんしば」内の産地直送の販売店が気に入っているようだ。野菜もお肉も新鮮かつ美味しいという。これには僕も同意見だ。

今日も荷物持ちとして一緒に行ったが、買い物後暑さに耐えきれず、何か冷たいものでも食べようかと思い、天王寺の地下街へ入った。最初はかき氷かメロンソーダと思っていたが、ビールが飲みたくなって16時過ぎくらいであったが、居酒屋に入ってしまった。

以前はこういうことがよくあった気がするが、最近は何の予定もなしにふらっと居酒屋に入ってなかったのでちょっと嬉しかった。

2025年7月25日金曜日

遠くの花火と裏返しのドローンショー

 昨日、京都では祇園祭の後祭の巡行が終わったところであるが、大阪では今日は天神祭だった。毎年6月くらいから、同僚のスペイン語の先生の研究室の扉にポスターが貼られている(なにか祭りに携わっているのだろうか)。以前は天満橋まで船渡御を見に行ったこともあったが、今日は近くの難波宮跡公園の少し高くなった大極殿跡で花火を見ることにした。

夕方の青がだんだんと濃くなっていく時間、吹いてくる風は心地よく、人もまばらななかに僕と妻は座っていた。19時30分、花火が立て続けに打ち上げられる音が聞こえてくる。大阪城公園の木々に視界が少し遮られるために、低い位置までしか上がらない花火は見られない。打ち上げ音の響きに対して、丸く完全な形で見られる花火は全体の3割といったところだろうか。それでも、いやそれだからこそ、高くまで上がり花火が見えると歓声を上げたくなる。

今年は花火の途中でドローンショーもあった。万博を宣伝するミャクミャクや文字などが夜空に浮かび上がる。こちらはその明るい輪郭がくっきり目に映った。だが、ドローンが描き出す図柄や文字は、難波宮からでは鏡文字のように反転して見えた。1つ1つの図柄や文字は花火より長い時間空に浮かんでいたが、すぐに消えてしまう花火の方にやはり心を惹かれた。




2025年7月24日木曜日

木曜日だけど月曜日

 今日は木曜日だけど月曜日の時間割という変則日だった。ハッピーマンデーが導入されて以降、祝日の多くが月曜日になったことで、授業を祝日に行わない弊学では月曜日の授業時間が不足してしまう。それで、年に数回、他の曜日に月曜日分の時間割をすることになる。

これが僕を含めて、誰にとっても評判がすこぶる悪い。そりゃそうだと思う。非常勤の先生などは曜日が変わると来校が無理になるし、学生だってバイトのシフトを変えなければいけないだろう。

もともとハッピーマンデー(そういうわけで誰にとってもアンハッピーなのだが)は祝日を月曜日にずらすことで土曜からの3連休を作り、旅行などを促進し、経済を回していこうという取り組みだったと記憶している。そのせいで、例えば体育の日や海の日に生まれた子どもが、その祝日にちなんだ名前をつけられていたのに、祝日が移動になってアイデンティティが揺らいでしまう!なんて例も聞いたことがある。

というわけで、今日は月曜日の授業3コマ分を行ったのだが、空き時間には会議が一つ入って忙しかった。ある高校から、生徒を大学に連れてくるので模擬授業やキャンパス案内をしてほしいという案件。校長先生の情熱はわかったが、なかなか実現が難しそう。どうしようかな。

2025年7月23日水曜日

モンゴル料理が食べたかったのに

 授業も会議もない貴重な水曜日。ただ、夕方から同僚の先生何人かとモンゴル料理を食べる予定が入っていた。久しぶりの食事会ということで楽しみにしていたのだが、言い出しっぺの先生が体調を崩してしまい、またリスケジュールということになった。残念!

ということで今日は一日中家にいて、クーラーの効いた部屋で勉強したり、スマホをつい見てしまったり、読書をしたり、スマホをつい見てしまったり、スマホをつい見てしまったりしていた。

昨年不採択であった科研の申請書を学内の科研相談窓口に提出していたのが、助言と共に返ってきた。指摘の内容はどれも首肯できるものだったが、もう少し裏技的なアドバイスも欲しかった。まぁそんなのはないだろうから、今年も悶絶しながら格闘しなければならない。

2025年7月22日火曜日

普通の火曜日

 昨日が祝日だったので、今週の授業は火曜日から。なんとなく違和感があるが、いつも通り授業をこなす。学期末が近づいているので、授業評価アンケートを実施したり、試験やレポート課題の日程などを知らせたりといったイレギュラーな部分はあるが、大きな枠組みとしてはそれ自体もいつも通りだ。

夜になってこうしてブログに書けそうなことを探そうとしても、なかなか見当たらない。本当は、日常のささやかな発見やふと感じたことなどを徒然に書くというのがコンセプトのはずなのだが、なかなかうまくいかない日もある。

2025年7月21日月曜日

キッチンと床

 祝日の今日は午後から梅田のショールームに妻と妻の妹と一緒に出かけた。先月から続く、京都のマンションのリフォームのためのショールーム行脚である。

今日は2つのメーカーのショールームを回り、特にキッチンと床を見て回った。僕などは例えば浄水器の蛇口のスタイリッシュな形やキッチンの収納部分の色などにしか、せいぜい目が向かないが、女性2人はシンクの使い勝手やシンクとコンロの間の作業スペースの広さ、シンク下の収納の使い勝手など、いろいろチェックしていた。さらにはキッチンの素材、シンクを人造大理石にするかあるいはステンレスにするかとか、蛇口の形状や水の出方をどうするかなど、決めなければいけないことがたくさんあるようだ。1つのメーカーのショールームで数時間かけてキッチンのあらゆる箇所の製品を事細かく決めたはずなのに、次のメーカーのショールームでもほとんど同じ工程を繰り返す。いくつものメーカーで製品の組み合わせを決めて見積もりを出させ、その中から費用と好みのバランスを見ながら購入するメーカーを選ぶらしい。

最初のうちは興味深く、さまざまな製品を見たり、タイルや板材の表面を触って遊んでいたものの、途中で完全に飽きてしまった。リフォームってこだわり始めると奥が深いなぁ。

2025年7月20日日曜日

愛と友好と平和の鐘

 投票に行った帰り、近所の大阪高松カテドラル聖マリア大聖堂(カトリック玉造教会)に立ち寄った。お目当ては表面にイタリアと日本が彫られた鐘🔔。先日まで大阪・関西万博のイタリア館に展示されていたものだ。モリーゼ州ウィークが終わり、今後はこの玉造教会に置かれることになる。

青空に眩しい銀色が光るなか、先日のコンクラーベにも参加していた前田枢機卿が鐘を鳴らした。鐘の色から勝手にもう少し高い音の響きを予想していたが、意外に音は低くイタリアの街で聞いたことのある音色だった。

選挙の大勢が判明してきた。今回の争点の1つには外国人の存在があったことは確かだろう。僕自身、イタリアの社会状況を説明する講義やゼミにおいては、欧州における移民の流入や社会への同化、共生の問題を取り上げてきたので、今回の選挙結果が明示する国民の懸念や漠然とした不安は理解することはできる。

ただ、海外で暮らした経験がある人間として、外国語学部で教壇に立つ人間として、大阪に渡ってきたこの鐘が象徴する友好と平和の理念を大切にしていきたいと思う。



2025年7月19日土曜日

出会いが紡ぐ音と色の物語

 今日は午後からは大学でのイベント「出会いが紡ぐ音と色の物語」に参加した。「さまざまな視点で世界を見る」と題して、外国語学部での教育や研究を一般の方に紹介する企画の第3回目、今回はハンガリー編であった。

美しい伝統刺繍に携わっている卒業生の講演に始まり、同じく各分野で活躍する卒業生を集めた座談会の後、ハンガリー出身のクラリネット奏者によるトーク&コンサートと続き、そのあとは、ハンガリーの食事と箕面ビールを楽しみながら、ハンガリーの伝統楽器チテラの演奏や民族舞踊のパフォーマンスを楽しんだ。

鮮やかな刺繍の色彩とクラリネットやチテラが奏でる美しくも情趣に富む音色。夕方の野外には気持ちの良い風も流れており、本当に素晴らしい物語を体験した。



2025年7月18日金曜日

ウェルビーイング

 3回目の大阪・関西万博。今日は協定校でもあるシエナ外国人大学の先生方が万博会場で行ったワークショップ "Il benessere italiano. Parole, storie e spazi che curano"(イタリアのウェルビーイング。言葉、物語と癒しの空間)に学生たちと一緒に参加した。

内容はイタリア語を学ぶことで扉を開くことができた作家ジュンパ・ラヒリの話や俳優/映画監督のロベルト・ベニーニの幸せを探し続けることの重要性についての講演、San Cascianoの聖なる泉を訪れたセネカの手紙からアンドレア・ボチェッリの歌詞まで多岐に渡り、それだけでも心を豊かに、穏やかにする素晴らしいものでしたが、それに加えて、実際にイタリア語を朗読することや聴くことのヒーリング的な音響効果も実感でき、Benessereの観点から語学を教育することの重要性も学びました。

ワークショップの前後はめいめい自由に万博を楽しんでくれたことと思う。僕は、今日はマレーシア、ルクセンブルク、ハンガリー、UAE、ベトナムなどのパビリオンを訪れることができた。



2025年7月17日木曜日

お祝い🎂

 今日は朝イチの大学院の入試問題点検から始まって、入試委員会や将来の入試制度を検討するワーキンググループの会合など、夕方まで隙間なく予定が詰まっていたが、昼休み同僚の誕生祝いをささやかに行なった。

先月、僕の誕生日の際にサプライズでケーキを用意していてくれたことのお返しと日頃の感謝を少しでも伝えたいと思った。先月の僕の誕生日の時に、おそらく大学の近くのケーキ屋で購入してくれていたと思うので、同じ店のケーキだとつまらないということで、妻にわがままを言い、自宅の近所のケーキ屋で注文し、今日のお昼休みに合わせて持ってきてもらった。

僕より3つ年下だけど、学科の運営では頼り切ってしまっている。いつもありがとう!

ちなみに、彼の本当の誕生日は今週の土曜日だけど、学科の教員全員集まるのは木曜日だけなので今日お祝いしました。



2025年7月16日水曜日

同時通訳

 職業柄、イタリア関係のレセプションや会議に出席することが多くあり、その際にイタリア語から日本語、あるいは日本語からイタリア語へ逐次通訳をしている方の活動を見る機会も多くある。

僕自身、イタリア語を聞いて内容を理解できるので通訳の巧拙についてはある程度評価できる…と思う。だが、じゃあ自分が逐次通訳できるかと言われれば、とてもできない。記憶力と同時に瞬発力も必要だと思うし、話し手と聴衆との関係性や、聴衆側が持つ文化や常識なども踏まえた上で、適切に言語化できる自信などない。

ましてや同時通訳となると、通訳者の頭の構造はどうなっているんだろうと驚嘆するばかりである。

今日、大学に通訳を養成するスクールの方がお見えになられて、大学での講座の可能性についてお話しさせていただいた。とりあえず今年度に関しては、数回程度のトライアルから始めようと思っているが、将来外国語学部生の中から逐語通訳者や同時通訳者が輩出できれば素晴らしいと思う。もちろんそこまでいかなくても、外国語学部を卒業する学生が、社会に出てその語学能力を期待される場面は多々あると思われる。

授業をしていても、本当に僕なんかよりはるかに耳のいい学生と出会うことがある。そういう学生には是非、複数の言語を自由に操れる人になってもらいたい。

2025年7月15日火曜日

ポケモン?「うむん」と「からかう」

 今日の午前中は1、2限とも授業で終了後研究室に帰ると1通のメールが届いていた。4限目マンツーマンで授業をしている大学院生から体調不良で欠席するとの連絡。これで午後の授業がなくなったので、自宅に帰ることにする。

妻に電話をかけると、お昼ご飯を食べて梅田に集合と言われた。京都のマンションのリフォームに向けてショールームに行きたいという。たまには僕も行ってみたいと思い、梅田でカレーを食べて妻と合流。今日は床材や壁材を主に見て回った。質感や肌触り、色彩や模様、本当に多種多様で選び甲斐がある。いつもレストランでメニューに迷う僕を優柔不断呼ばわりしている妻も、ここではじっくりと吟味している。そう、選ぶことは正義なのだ。

火曜日の晩は、ここのところドラマ『舟を編む』を見ている。今日の脚本は僕的には完璧だった、と思う。

2025年7月14日月曜日

 今朝は妻と一緒に朝の6時前に家を出た。京都まで行って、長刀鉾のちまきの授与の列に並ぶためだ。いくらなんでも早すぎるのでは、と思っていたが、四条烏丸に着いた時にはすでに数十人が並んでいた。

大阪に引っ越ししてきて数年が経つが、京都にはまだ家が残っており、現在は息子が一人で住んでいる。長刀鉾の粽をいただくようになってもう20年くらいになるので、大阪に引っ越ししたとはいえ、今のマンションの鬼門の位置にもちゃんと粽を供えている。

今頃、京都の街は宵々々山のはずだ。屋台が出ない今日は人も少なく、鉾や山を見て回るのには最適だろう。大阪の家に帰ってきながら祭りの景色に想いを馳せている。




2025年7月13日日曜日

ブルーインパルス


 昨日今日と週末は自宅でゆっくり自分のことをすることができた。アラビア語のオンライン授業に、明日からの予習、9月末が締め切りの原稿の準備。

取り立ててどこにも外出することはなかったが、今日の午後に少しだけ妻と難波宮まで出かけた。青い空にたなびく5本の白い雲を見に出かけたのだ。

正直に言えば、外に出ると汗が滲むし、僕自身はそれほど乗り気ではなかったのだが、難波宮は人でいっぱいだった。本格的なカメラを持った人から、スマホを構えた家族連れまで。

それらは音と共に南から現れ、あっという間に大阪城の左側を抜けていった。その動きを追っていたスマホは、途中で画角に入ってきた太陽に目をくらませながらも、最後まで5体の飛行機の一糸乱れぬ動きを捉えていた。







2025年7月11日金曜日

高校生のキャンパス訪問と総長・理事部局ヒアリング

 今日は忙しい1日だった。我ながらよく頑張った!

授業のない金曜日であったが、午前中は大阪府下のある高校の2年生が22名キャンパスを見学に来て、彼らの前で50分ほど模擬授業を行った。テーマは2つ。最初に「機械翻訳や生成AIの時代になぜ大学で外国語を学ぶのか」について20分ほど話し、後半は「イタリア語の言語的特徴と魅力」について、発音や音節の話から始めて、名詞の性と動詞の活用の話をした。かなりテンション高めに話したので、空回りしていなければいいと思ったが、質問がいくつも出たし、最後に生徒代表が謝辞の中で示してくれた授業の理解度は想像以上に高いもので嬉しかった。

午後は一転、吹田キャンパスに行き、総長や理事に囲まれての部局ヒアリングがあった。事前に、18歳人口の減少に伴う入学定員の話や優秀な教員の採用の話、部局の外部資金獲得の状況とその増加についての方策などを聞かれると予告されていたので、執行部一同緊張していた。大学の中での外国語学部の強みや将来の可能性について、主に学部長の先生がプレゼンをして、その後の質疑の中で僕も何度か発言する機会があった。社学共創、産学連携などの分野は人文学系にとって難しい面もあるが、そうばかり言ってもいられない。しっかり検討せねば。

2025年7月9日水曜日

かき氷はじめとカルヴィーノワークショップ

 遅ればせながら、やっと今日念願の今年初のかき氷を食べた! 先日のブログに書いたように、僕自身はずっと食べたいと思って妻を誘っていたのだが、なかなかタイミングが合わずにいた。今日、京都でカルヴィーノのワークショップに参加する前、午後の3時ごろに大極殿に入った。

今年のかき氷はじめはミントミルク。練乳を少し多めにかけて食べた。甘さとミントの清涼感が美味しかった。また、和菓子屋さんだけあって、白玉もしっかり美味しい。鹿児島生まれで白熊育ちだけにやっぱり夏になるとかき氷を欲してしまう。

その後、北白川に行き、カルヴィーノのワークショップ。移転したイタリア東方学研究所の場所は、昔僕の恩師が住んでいた場所のすぐ近くで懐かしい。

先日、阪大にも来ていただいた先生方も含めて7名の先生方のご発表を拝聴して、イタリア現代文学の代表的な作家であるカルヴィーノについていろいろな観点から学ぶことができた。現在僕が奉職している大阪大学外国語学部の前身にあたる大阪外国語大学時代に教鞭を取られたいたGiorgio Amitrano先生にもご挨拶することができて嬉しい集まりだった。

懐かしいことがもう1つ。ワークショップの打ち上げに行った店が、僕が学生時代よく行っていた百万遍近くの大箱居酒屋だった。僕の前に先輩が座ったこともあって、もう遥か昔の学生時代に戻ったようだった。



2025年7月7日月曜日

蝉時雨

 今朝、難波宮の横の道を最寄り駅へ向かう途中、今年はじめて蝉の声を聞いた。いや、土日はあまり外出していなかったので、本当はもう鳴き始めていたのかもしれないが、僕が聞いたのは今年初めてだった。いよいよ夏本番だ。

と言っても、今年は早々に梅雨も退散し暑い日が続いていた。今日は1限目に箕面キャンパスで授業、午後イチに吹田キャンパスで全学の会議、その後豊中キャンパスに移動して5限目に授業と弊学の3キャンパスをコンプリートする一日だったが、昼間は本当に眩暈がするほど暑かったし、夜になってもまだ湿度を含んだ熱気が感じられた。

七夕の空を見上げる余裕なく、クーラーのなかに帰宅した。

2025年7月6日日曜日

マナー違反

「 機嫌良くいることは大人のマナー」とSNSか何かで読んだことがある。そういう意味では今日の僕の妻に対する態度は明確にマナー違反、あるいはモラハラであったかもしれない。

ここ数週間の忙しさとうだるような暑さ、そして西武ライオンズの成績と小さな、それでいて僕のなかの不快指数を高めるいろいろな要素が積み重なってはいた。引き金はなんて事のない小さなこと。僕が昼食後ソファで寝てしまっており、起きたら妻が冷蔵庫にあったアイスを食べていたのだ。もう何日も前から、日曜日に今年のかき氷初めに行こう!と言っていたのにである。冷蔵庫のアイスを食べている=今日はかき氷を食べに行くつもりはないんだ、と判断した僕は無性に悲しくなって、その後今に至るまで元気なく振舞っている。

我ながら器の小ささに驚くが、晩にかき氷を食べに出掛ける可能性がほぼないことを考えると、今年のかき氷初めは必然的に来週末になってしまう。遠いなぁ。


2025年7月5日土曜日

予言

 巷間では今日の午前中に日本で大災害が起こると噂されていた。僕自身もSNSなどでその話は知っていた。勿論はなから信じてはいなかったが、家族全員一緒にいた方がいいかな、くらいは考えていた。

僕たちの世代はこの手の噂については免疫ができている。誰もが1999年の7の月に地球は滅亡すると信じていた。僕自身も小さいころにノストラダムスの大予言のことを聞き、26歳で死ぬんだろうなと漠然と考えていた。

勿論、その後も地球は、そして僕たち一人ひとりの人生も続いて今に至っている。このような根拠のない「予言」は馬鹿げていると同時に罪作りでもあって看過できないが、一方でその時点での自分の価値観や死生観と向き合うきっかけにはなる。そのとき何を大切に思っているか、何から解放されたいと感じているか…などである。

さあ、素知らぬ顔して明日からも日常を生きていこう。

2025年7月4日金曜日

会議日

 今日は2つの会議があった。10時からの教育課程委員会自体はオンラインだったのだが、13時から執行部会議が予定されていたので、暑い中大学に行った。

どちらの会議も2時間前後あり、大学でやろうと思っていた来週の授業準備がほとんどできなかった。来週はいろいろあって忙しいので、今週末に頑張らなくてはいけない。

午後5時くらいに大学を出て帰宅したのだが、夕方もやっぱり暑い。そろそろ今年のかき氷はじめをしなくてはいけない。それも今週末かな。


2025年7月3日木曜日

ダンテとベアトリーチェ

 今日は年に1回だけ担当するリレー講義「世界文学・文化論」の日だった。イタリア文学のことを多くの学生に知ってもらう機会であることに加えて、受講者は毎週いろいろな国の文学作品に触れているわけで、それらに負けたくないという対抗意識も働く。

ただ、今年から変更になったことがある。統一的なテーマが設定されたのだ。今年のテーマはスバリ「愛」! 日常生活で話すのは少し気恥ずかしいテーマであるが、主要な文学のトピックであることは間違いない。これまで、このリレー講義では主にピランデッロの演劇やカルヴィーノやタブッキといった現代作家の小説を取り上げてきたが、テーマが愛ということであれば、イタリア文学でダンテを取り上げないわけにはいかないだろう。『新生』と『神曲』におけるダンテのベアトリーチェへの愛について話した。

『新生』に書かれたベアトリーチェとの出会いやその後に見たヴィジョンにおけるベアトリーチェがダンテの心臓を食べるエピソードから始めて、最後は『神曲』における愛のアレゴリーとしてのベアトリーチェの姿まで一息に話した。

少しでもイタリア文学に興味を持てくれたとしたら嬉しい。今からコメントシートを読むことにしよう。

2025年7月2日水曜日

『国宝」

 今日は話題になっている映画『国宝』を観に行った。映画を観て久しぶりに圧倒された。いつもどこか批評的な距離を取り、分析しようとする自分がいるのだが、今日は俳優の演技の凄みに美しさに、そして人間の強さと弱さに感情を強く揺さぶられ、気づけば泣いていた。素晴らしい映画だった。