2025年2月28日金曜日

不採択…

 2月の末日はここ数年、科研費の結果が発表される日。結果は不採択。2年連続は正直落ち込む。今まで研究していることと、この先の展望を誠実に書いているつもりなのに。書き振りをさらにブラッシュアップするか、研究テーマを根本から見直してみるか。どうしよう。また来年の秋口に出願書類を書くことを思うと気が重いが、俯いていても時間は過ぎていく。現に今日で2月も終わる。時間の流れが本当に早く感じるようになってきた。油断しているとすぐに新学期が始まってしまうだろう。計画を立てて少しずつでも実行していかなければ。

今朝は京都で病院のはしご。緑内障の目薬がもうすぐ切れそうなので定期検診と、顔にできた小さいイボを先週切除していたので、その経過を見せに。病院は両方とも割と空いていたけど、大阪に帰ってくるともうお昼過ぎ。午後は小雨のなか買い物に行ったくらいであとは家で過ごしていた。

明日から3月。さあ切り替えて。

2025年2月27日木曜日

もうけものの1日

 昨日のブログでも書いたように、今日までのはずだった仕事が昨日終わったので、言わば今日はもうけものの1日。こんな日も仕事を先取りして進めたり有意義に過ごすことができればいいのだが、そんなに計画性もなければ勤勉でもない。というわけで、今日はのんびり過ごした。

午前中はこの2日の間に溜まっていたメールの返信を書いた後は読書をしていた。そしてお昼は久しぶりに妻とランチ。前から気にはなっていたが行けていなかった本町通り近くのイタリアンにいく。前菜にタコのアラビアータ(麺がBigoliで美味しかった)、セカンドの鯛のソテー(小松菜を使ったグリーンソースの苦味が美味しかった)まで食べてしまった。昼から少し贅沢。その後、近くの百均などで旅行用の小物を見たりした。

夜は今度はイタリア語の本を読み始めてしまう。

まぁ、もうけものの1日だし、こんな日があってもいいよね。

2025年2月26日水曜日

打ち上げ

 朝から例年恒例の業務。ペアを組んで話し合いながら進めていく。程よい緊張感のなか進めていく。例年になくいいペースで進み、夕方前にゴールが見えてきた。例年であれば、ある程度の区切りを決めて、残りは翌日に回すのであるが、今日中に終わるのでは? という不確かな希望が全員の集中力を一層研ぎ澄ませる。

定時からは幾分時間が過ぎてしまったが、なんとか今日中に業務を終えることができた。予期してなかった1日前倒しの打ち上げにジョッキやお猪口が進んでしまった。

2025年2月25日火曜日

入試

 2月25日は国公立大学の入試日。僕も自分に与えられた業務を「今回は」最後まで務めることができた。というのも、共通テストのときは途中でギックリ腰を発症してしまい、かなり早い時間にリタイヤしてしまっていた。今回は職員の方々の大変さがよく分かる業務だった。

妹の息子、だから私の甥が、今日関東の大学でやはり試験を受けていたはずだ。鹿児島からかなり離れている。今月半ばに帰鹿したときに大阪天満宮のお守りを妹に託しておいたので、うまくいってくれればいいな。

2025年2月24日月曜日

Bel canto

 今日は午前中は家で仕事。3月末締め切りの原稿なのだが、もうすぐ海外出張があるので、それまでに概要は固めておきたい。

午後は妻の高校時代の友人とその娘さんが出演するBel Cantoの発表会を聴きに奈良県の郡山へ。奈良は雨を含んで重ための雪が降っていて、少し濡れてしまった。

Bel Cantoの発表会の方は、ほとんどがイタリアオペラの代表的な歌を取り上げていたので知ってる曲も多く、楽しむことができた。肝心の妻の友人は、風邪でも引いていたのか、声がほとんど出せず、しきりに恐縮していた。本人の辛さに思いを馳せる。以前、演劇の公演日に声を枯らしてしまった仲間が本当に悔しそうに、申し訳なさそうにしていた姿を思い出した。

2025年2月23日日曜日

便りのないのはいい便り

 今日…といっても2月23日になってわずか15分ほどしたときだった。夜中に1本のLINE通話。エジプトにいる息子から。電波の状況が悪いのか、途切れ途切れに言葉が入ってくるが、バイクに轢かれたらしい。昨年夏に訪れたカイロの街の信号のないカオスな交通状況と絶え間なくなり続けるクラクションの音が脳裏をよぎる。横向きに倒れたらしく、目立った外傷はないものの首筋が少し痛むという。バイクの運転手はもう去ってしまったとのこと。あとでむちうち症状が出て来たり、吐き気がしたら危険だから、すぐに病院に行くように言ったが、本人は様子を見るという。とりあえず、今ちょうどカイロにいるはずの指導教官に連絡を取るように伝えて電話を切った。

ということで、心配な1日のスタート。日本にいて僕らにできることはないので、とりあえず寝る。朝起きて、その後どうなったか一刻も早く聞きたい気持ちはあったが、時差が7時間。不安なまま、午前中は自分の仕事を進めた。

お昼は今日は義母と義妹と一緒に昼食を取ることになっていて、近所のかごの屋に。息子の事故のことを話すととても心配していた。無理もない。

午後3時くらいにLINEメッセージを送ったが、既読がつき返信が返って来たのは約3時間後。それは平常運転、むしろ早い方。首を動かすと少し痛いが、吐き気などはないとのこと、一応保険会社にも相談はしているらしい。心配することしかできない。

「便りがないのはいい便り」とは本当にその通りだなと実感している。

2025年2月22日土曜日

猫の日

 今日2月22日は、にゃー、にゃー、にゃーということで猫の日らしい。鳴き声に因んだ語呂合わせであるが、イタリアでは猫の日Il giorno del gattoは2月17日。なんでも2月は民間伝承で「猫と魔女の月」とされていたことや、水瓶座が猫のように自由で反俗の精神を持つ月であるということ、そして17という数がイタリアでは不運を呼ぶ数(日本の4や13のような)と考えられているから、ということらしい。日本の猫の日の方が圧倒的にかわいいのではないか。

僕自身は小学校3年生の時から大学3年生の時までラッキーという猫を飼っていた。白と黒の斑猫でとても可愛がっていた。猫が危篤だと聞いて、すぐに夜行バスに飛び乗って鹿児島に帰ったことを覚えている。結局その時は奇跡的に回復したのだが、その約2ヶ月後、夏休みで再び帰省しているときに、僕と妹に看取られて亡くなった。

亡くなったラッキーを抱えた時の動きは、それから約20年後『踊らせて恋』という芝居の中で、踊りの振り付けの一部として再現されることになる。

今日は午前中は仕事を進めて、午後は散歩がてら天満橋まで買い物に出かけた。美味しいフィナンシェを買った。

2025年2月21日金曜日

リスペクトとサスペクト

 今日は大学に行く必要がない日。午前中は自分の仕事をしていた。

今、ある原稿のために戦時中の「宮澤・レーン事件」について調べている。太平洋戦争が始まった1941年、北海道大学の学生であった宮澤弘幸さんが知人の外国人夫妻に日本の軍事秘密を漏らしたとして逮捕、投獄された事件だ。その「軍事秘密」は当時すでに周知のことであり、冤罪だと言われている。その事件と間接的に関係のあったイタリア人作家が、戦争が近づいてくる時の兆候として述べた次の言葉が印象に残った。

「人への『リスペクト』が、『サスペクト』に変わる」

お昼前になって、お昼ご飯のお弁当を買いにスーパーへ。今日妻は、月一恒例の友人とのフラワーアレンジメント(前回は僕も参加して、このブログに書いた)に出かけており、僕が手早く作れそうなものが冷蔵庫になかったのだ。LINEでついでに買うべきものがあるかどうか尋ねると、かなり長い買い物リストが送られてきて、売り場の配置がよくわかっていないので結構時間がかかってしまった。

急いで買ってきた中華弁当とポテトサラダを食べて、オンライン会議。ここ1ヶ月ほど、気持ちを重たくさせていた案件についてのおそらく最終の会議。残念ながら、会議後も人へのサスペクトが解消されなかった。

夕方は、その名もズバリ『疑いあり』! といってもこれは友人が出演したFM千里のラジオドラマ。誰が冷蔵庫にあったプリンを食べたのかをめぐる家族間の会話劇。タイトルに反して、日常生活への、そして人へのリスペクトを再確認できる楽しい作品だった。

2025年2月20日木曜日

移動のち会議

 今日は京都で起床。今日の予定は16時からの会議だけだと思いゆっくりしていたら、学生に推薦書を13時に渡す約束をしていたことを思い出し、さらにその推薦書が大阪の家にあることを思い出し、慌ただしく大阪に。家に寄って、ついでにスーツに着替えて大学へ。無事、学生に推薦書を渡す。

しばらく研究室で仕事を進め、16時からは会議。可能性を広げる方向での建設的な趣旨の会議なので、いろいろ課題が出てきても基本的には前のめりで議論できる。

ただ、会議の後は、執行部の先生方といろいろな懸案について意見を交わす。こちらの方はどれも場当たり的、対症療法的な話なので気乗りがしない。さらに僕自身が来月の上旬から海外出張なのでそれまでに片付けておきたいのだが、それも難しそうで少し気が重い。

2025年2月19日水曜日

はしご

 今朝は朝から京都へ。今年に入ってから頬に小さいイボみたいなものができていて、僕自身はそれほど気にしていなかったんだけど、妻からとる方がいいと言われ、何回か行ったことがある皮膚科へ。部分麻酔の注射はちょっと痛かったが、その後のイボの切除はまったく痛みを感じなかった。ただ、目を閉じておいてくださいと言われていたのでそうしていたのだが、かすかになにかが燃えるような匂いがする。どのように切除しているのか不安だったが、もちろん怖いので目は開けなかった。

午後は京都の家で読書をしたりゆっくり過ごした。

そして晩は友人夫妻と4人で焼き肉。どのお肉もとてもきれいで美味しく、少し食べすぎたな、と思っていると、2件目のお誘い。その店の近くのイタリアンバーということだったが、そこも僕たちは行ったことがなかった。イタリア語教師たるもの行っておかなければということで、久しぶりのはしご。そこでもお酒のつまみとしてピザとパスタを頼んでしまった。と手尾美味しかったし、楽しい時間だったけど、明らかに食べ過ぎてしまった。

2025年2月18日火曜日

文章と校正

 自分の書いた文章でも、時間をおいてその手直しを始めるとなかなか難しい。一つの言葉、一つの表現を変えると、他の箇所の表現もむずがり始める、と言ったらいいだろうか。

今日は他の人が書いた文章の見直しをする局面がいくつかあった。大学の規約や学生指導の報告書の類、推薦書の文面など。自分自身があれこれ思い巡らした時間を経ていないので、文章の校正は一層難しくなる。学生の卒業論文を添削していても思うが、いっそ段落ごと自分の文章にしたくなるが、それでは意味がないと思うし、自身の文章能力に関して絶対的な自信があるわけでもない。だからつぎはぎがなるべく目立たないような言葉のピースを考えるのだが、なかなか難しい😓

今日は来週の前期入試に向けた説明会もあった。留意事項はもちろんたくさんあるが、個人的には、前回の共通テストでギックリ腰になり、早期退場した二の舞を踏まないように、まずは気をつけなければならない。

先日昇任した大切な相棒に、ささやかなお祝いのプレゼント🎁を贈った。喜んでもらえたら嬉しい。

2025年2月17日月曜日

再びテミスについて

 今日僕が関わった2つの案件。僕自身に非があるわけではない。それははっきりしている。今の時点では適切な判断をしたと思っている。だが、後々面倒なことになるかもしれないと考えると少し気が重い。

2件とも要は倫理的な判断。1件目は誰かを裁くような態度が適切だったかどうか。僕の役割とはいえ、全貌が解明し得ない中で何らかの判断をして、それを態度に示すことは難しい。

2件目は正当なことをしていたはずなのに、途中でお世話になっている人に迷惑をかける、それと同時に自分にも不利益が及ぶかもしれないことを考えて、中途半端な行動をとってしまったのではないかということ。恐らくそうだろう。

なんか難しく考え過ぎているのかもしれない、どう転んでも僕にとってそう大事には至らない。そんな気もするけど、なかなか気が晴れない案件が続くなぁ。

2025年2月16日日曜日

Il tempo vola...

 もう2月も後半に入った。授業が終わってもう1ヶ月経つけど、その後も卒論の試問やテストやレポートの採点、来年度のシラバスにもろもろの学務などもあって、長期休暇にやりたい/やらなければいけないことがほとんどできてなくて焦ってしまう。

今朝は少し自分の仕事を進めることができた…が、まだ始めたばっかりで構想を模索する段階。とにかく時間をかけたいところ。

そうは言いつつ、午後からは天満橋近辺に妻と買い物。お米や野菜、食器などを買って、ドーナツ屋でカフェを飲んで帰ってきました。

今日は結構暖かかったけど、明日からまた寒波が来るらしい。風邪などひかないように気をつけて2月後半戦も駆け抜けていきたい。

2025年2月15日土曜日

テミス

 今朝は少し遅めの8時に起床。朝ごはんを食べ終えて午前中は、ここ数ヶ月常に気にしていた懸案の仕事にようやく取り掛かる。早く本腰を入れて調査しなければと思ってはいたのだが、大学での教務や学務に追われていて始められていなかった。来週からも入試やさまざまな案件があり、なかなかその懸案にだけ集中することは難しいかもしれないが、この土日で始めてしまえば、あとは隙間時間を見つけられる。この土日にしっかり構想を立てて始めることが大事なのだ。

昼食後は妻からのリクエストでアマプラで『由宇子の天秤』という邦画を観る。これが、自分が今抱えている案件や自己認識と少しリンクして考えさせられた。自分が他人よりも正しいと思ってはいないか? 自分の正義には一点の翳りもないか? 誰だって失うものの大きさと天秤にかけて打算的な行動をとっているとして、それは何かに対する責任感なのか、あるいは弱さなのか? 観終わってモヤモヤするからこそいい映画もある。

その後夕方に心斎橋まで食料品などの買い物に出かける。予想通りまっすぐ歩けないほどの人手に圧倒される。

夜はまた自分の仕事。頑張ろう!

2025年2月14日金曜日

バレンタインデー

 今日はバレンタインデー。朝起きて早々、妻に2種類のチョコをいただく。ハンバーガーの可愛いやつと一粒だけだけど高級そうなチョコ。数日かけて楽しみたいと思う。ありがとう。

午前中は自宅でオンライン会議に参加。終わると同時に着替えて大学へ。13時にアポイントメントがあったのだが、オンライン会議が予想より長引いて少し焦る。

13時15分くらいに、現在は絵本・出版業界で活躍しているかつての教え子が研究室を訪れてくれた。彼自身が翻訳した本を恵贈していただいた。1987年当時の日本を訪れたイタリア人マンマの旅行記であるが、バブル期の日本における常識を異化した視点からの指摘に、現在になってもハッとさせられる。早速読み始める。

17時前には研究室を出て梅田へ。後輩のお祝いの会リターンズ。2月の最初にもお祝いしたのだが、今回はメンバーが異なり、研究室の先輩が企画したもの。梅田の街を見下ろす高層ビルの居酒屋で美味しい料理と美味しい酒に舌鼓を打ちながら楽しくおしゃべり。前回は終電を逃して宝塚から大阪までタクシーで帰ることになったが、今回は梅田だったし、ちゃんと9時過ぎにはお開き。


2025年2月13日木曜日

帰阪

 今朝は10時45分発の飛行機で大阪に帰ってきた。LCCで関西空港着だったのだが、関西空港からのJRの切符を買うために妻は40分くらい並んでいた。外国人観光客の長蛇の列でなかなか順番が回ってこなかったのだ。やっぱりICOCAやPITAPAは作っていたほうがいいよね。だけど、外国の方が日本に来て早々、券売機に長い時間並ばなくてもいいように、クレジットカードのタッチ対応などもう少し考えたほうがいいかもしれない。その後、天王寺で義妹と昼食をとったこともあり、家に帰り着いたのは15時くらい。何もしてないのに移動しただけで疲れるのはなんだろう。

帰宅後は少し昼寝をして、あとは読書と旅行中に後回しにしていたメール対応で終わってしまった。

2泊3日の帰省だった。1年から1年半に1度のペースで帰省したとしたら、両親とあと何回会うことになるのだろう、などと少し考えてしまう。

2025年2月12日水曜日

鹿児島2日目


 今朝は8時くらいに起きて、ホテル近くのカフェで朝食。一度ホテルに戻ろうかと思ったが、数時間後に雨が降り始める予報だったので、先にお土産などを買おうと街を散策。竹細工の店でお弁当箱を買ってから、つけあげ(さつま揚げのこと)などを購入。街角で良さげな感じのイタリアンを発見。いつか行きたいと思う。途中で鹿児島カテドラル、ザビエル教会なども見学した。90年代末に建て替えたということで、僕の記憶の中にあった教会とはイメージが変わっていたが、聖堂も小礼拝堂も光の差し込みが計算されていて美しかった。

お昼はラーメンを食べた後で、両親と合流。降り始めた雨の中でお墓参りをしたのち、また実家へ。両親の口喧嘩を聞きながら、犬を撫でてまったりした時間を過ごす。

晩は焼肉を食べに行き、両親と別れの挨拶。明日の朝は早い時間の飛行機なので会えない。またね👋

2025年2月11日火曜日

実家 


 正月に帰らなかったこともあって、今日から2泊の予定で鹿児島に帰省。といってもお互いの負担を考えて宿泊はホテル。

ホテルのロビーまで来てくれた両親。ちゃんと2歳分老けている感じ。その後、妹夫妻と合流して回転寿司を食べ、その後みんなで実家へ。ちょっと大きくなりすぎたコーギーが迎えてくれる。両親がドッグフード以外の自分たちの食べるものも与えてしまっているのが心配だ。夜ご飯まで、取り留めもなく少し退屈な会話が続く。相変わらず僕を子ども扱いする母親と典型的なネット右翼になってしまっている父親。コーギーの介入がいい具合にアクセントになって助かる。

昔から僕が好きだったチキン南蛮をご馳走になりホテルに帰る。

2025年2月10日月曜日

会議2つと豚まんとリクローおじさんと

 今日は午後から会議2つの予定。午前中は家で他の学部の先生のシラバスチェック。「シラバスは学生との契約」の言葉のもとに、記載方法がかなり細かく規定されている。昨年まで僕もいろいろ指摘を受けて来た側なのだが、今年はチェックする係に当たってしまっている。

僕が学生の頃は電話帳ぐらいの厚さのシラバス集があって、それを読みながら時間割を構築していくのが楽しかった。自分の専攻とは関係なくても、取りたい授業がたくさんあって迷ったものだった。でも、最近の学生に聞くと、シラバスに書かれている内容などほとんど読んでおらず、自分が授業を入れたいと思う時限が最初にありきで、そこにどの授業を当てはめようかということらしい。選択の幅が狭くなるじゃん、と思ってしまう。

お昼前に大阪天満宮に行って、合格お守りを買う。甥が今年大学受験なのだ。明日から僕は2泊の予定で実家に帰るので、その時に甥に渡そうと思う。

それから大学に行って会議を2つ。想定外だったのは、学内連絡バスが今日から運休になっていたこと。集中講義や試験期間も先週までだったからしょうがないけど、1つ目の会議が箕面キャンパスで2つ目の会議が吹田キャンパスだったので、連絡バスに運行していて欲しかった。メトロとモノレールを乗り継いで、遅刻ギリギリに到着する。

会議後は心斎橋の大丸に寄り、551の豚まんとリクローおじさんのチーズケーキという、ザ・大阪的なお土産を買う。これも明日鹿児島に持っていくつもり。

2025年2月9日日曜日

難しき同窓会

 今日は日曜日だったが、勤務先大学の同窓会の幹事会に出る。僕自身は卒業生ではないのだが、副学部長の当て職で役員となっている。この会に出るのは3回目だ。そこで議論になるのは、いつも若い会員の獲得の話。その同窓会は卒業時ではなく、入学時に一応全員が会員資格を得る。だが、会費を納めるのは新入生の数%のみという状態が続いている。原因は簡単で、まず認知度が低い。語劇祭や就職支援活動の開催に協賛しているのだが、普段の大学生活で学生が同窓会の存在を意識する機会は少ない。現役学生や卒業して日が浅い若い世代に刺さる活動を発信するためには、SNSの活用などが必要なのはわかっていても、会費収入が元々少なく、その貴重な会費を納入していただいている世代への発信を考えると、紙媒体の会報誌などをやめて電子媒体に移行するのも難しいというジレンマである。幹事会に参加して、熱意をもって同窓会を盛り上げようとしている人々の気持ちがわかるだけに、教員としては学生と同窓会をつなぎたいと思うのだが、熱意ややりがいだけに甘えるわけにもいかない。難しい。

思えば、こうした問題は僕が所属している学会も抱えている。また、僕自身、出身大学の同窓会からは毎年会報が送られてきていたが、卒業後25年ずっと会費未納入ということで、ついに数年前から届かなくなった。だからもちろん偉そうなことは何も言えない。

日頃から学生との距離は意識しているが、本当に世代を超えて交流する、楽しむというのは難しい。僕自身学生の時からそう感じてはいたが、立場が変わってもそれは変わらない。

2025年2月8日土曜日

穏やかな土曜日

 先週末は大学院入試だったので、今日は久しぶりのオフ。基本的には穏やかに過ごした。

午前中は1年生の文法の試験の採点。1人だけ及第点に届かず。どうしよう。試験の採点はこれで終わりだけど、あとはレポートの採点が残っている。

午後は妻について梅田でお買い物&旅行代理店。来週鹿児島の実家に帰省するので、お土産などを買う。旅行代理店は妻の一人旅のツアーの予約。僕はお留守番😢

デパートで焼き鳥を買って帰り、ビールといただいているうちに少し寝てしまい。今起きてとりあえずブログを書いている。

2025年2月7日金曜日

卒論試問

 今日は午前・午後4人ずつの計8名の卒業論文試問会を行った。最初に15分程度で自分の卒業論文についてイタリア語と日本語で概説してもらい、その後教員が質問やコメントを行う。1人あたり30分程度を想定していたのだが、2年間かけて苦労して書き上げた卒論だけに、学生の説明を途中で止めることもできず、かなり時間が押してしまった。それでいいと思う。

イタリアに関係するいろいろなテーマの卒業論文があった。読むのには時間がかかったけど、一人ひとりの関心事や論理展開の仕方、表現や感性がわかって論文を読むのも、口頭発表を聞くことも、質問やコメントをするのも楽しかった。みんな頑張ったと思う。

心地よく疲れて帰ってきたが、夜はイタリアの協定校の先生とZoomを繋いで、協定案更新の相談。前回の協定案と文面は変わらないのに、先方の会議で疑義が上がる箇所があったということで、その部分をどうするかの相談。なんとか解決に向かいそうで良かった。

2025年2月6日木曜日

Auguri!

 2月6日、午前中は学部と研究科のホームページの改修を行う業者選定のためのプレゼンに出席した。執行部に入るとこんなことにも参加するんだ😲 2社のプレゼンを聞く。高校生に「刺さる」ホームページにするにはどうすればいいか? 学部のどのようなイメージを伝えるか? アニメーション効果やインスタ投稿の埋め込み。ドローンを駆使したキャンパスの撮影。直感的に操作できるインターフェースやサイト内の動線の構築、そして検索エンジン最適化の戦略… 業者のプレゼンを聞きながら、ホームページを見てくれる未来の学生の姿を想像する。

午後は教授会。今日は昇任人事の投票や専攻長の選挙などがあり、いつもより少し長く、少しアクティブだった。そして… 僕の大切な相棒である同僚も無事に教授昇任!

Auguri!

2025年2月5日水曜日

ジェノヴァの灯台

 今日は午前中に卒業論文の試問が1人、午後はある委員会を挟んで修士論文の試問が1人でした。学生2人はそれぞれ自分の研究についてしっかり発表してくれました。試問を行う側も論文を読み込んで臨まなければならないのでそれなりに大変ですが、自分のゼミ以外の学生の研究については、新鮮な気持ちで聞くことができるので楽しいですね。

修士論文の試問には、前年度までの同僚にも参加していただきました。ということで、晩は現在のイタリア語専攻の同僚たちと彼も含めて楽しい打ち上げでした。

そのジェノヴァの灯台は梅田から1駅離れた中崎町の迷路のような細い路地の奥にあります。もう何度か行っているけど、まだ最短経路で行く自信はなく、いつも少しだけ迷い、そしてたどり着きます。

ジェノヴァの前菜2品にパスタはジェノヴェーゼとトマトソースのフッジッローネ、セカンドにはイカの中にリゾットを入れたものと三元豚のソテー、紅茶のグラニータとカフェまで飲んで今日も楽しい時間を過ごしました。

さあ、明日からも頑張りましょう!

2025年2月4日火曜日

カレーうどんとサラダボウル

 今日は午前中の会議だけでとんぼ返りする予定だった。だが、会議が始まってから僕の確認ミスに気づき、急遽同僚の2人に電話をかけ、ある案件で確認をもらう。申し訳なかった。

そんなわけで予定より帰宅が遅くなり、お昼ごはんは近所のうどんチェーン(僕の高校の名前と同じだけど、多分関係ないよね)でカレーうどんと鶏めしを食べる。辛口のルーに甘く煮込んだ牛肉が乗っかってて、やたら美味しく感じた。店を出て、少しの間だけど寒風に立ち向かえた。

午後から夕方にかけては、明日の卒論試問第一弾と修論試問のために論文を読んでいたのだが、今日に限っていろいろな仕事のメールが舞い込み、なかなか読み進めることができなかった。でも、すぐにできる仕事はその場で片付けるのが一番効率が良い、という最初に赴任した大学での先輩教員の言葉をしっかり守る。

夜はテレビドラマなどを見てリラックスして過ごした。今季は気に入って見ているドラマが多い。火曜日は「東京サラダボウル」。都会に暮らす外国人の生活と、彼らに寄り添う警察官と通訳官の姿に焦点を当てて描いた作品。さまざまな国籍の人々が入り混じる東京を多くの野菜が入ったサラダボウルに見立てていて、見終わったあとはちゃんと栄養とビタミンを与えてくれる。僕の今の生活や仕事においては、外国人との共生は本当に大切な常に考えておくべきテーマだと思う。

今日はバランスの取れた食事だったということかな。

2025年2月3日月曜日

今年度の授業終了!

 今日で今年度のすべての授業が終了した。お疲れさま。1年間よく頑張りました!

さあ、切り替えて次のタスクに向き合っていきましょう。とりあえず今週は9人分の卒業論文と1人の修士論文の試問に向けて論文を読みつつ、試験やレポートの採点と成績つけも進めていきたい。その他、入試関係の学務も控えてるし、いくつかの委員会や教授会の準備もある。3月末に締め切りの大きな仕事にもそろそろ本腰を入れて取り組みたいところだ。

楽しい予定のことも考えよう。来週は3日ほど帰省するので地元の友達に連絡しなきゃいけないし、来月のイタリア出張に向けての手続きや準備もニヤけながら進めなければならない。読みたい本も観たい映画もある。

ただ、例年夏休みや春休みが終わる頃には、休暇を有効に使えなかったと焦り、新学期は自転車操業のうちに始まってしまう。ここ数年は、体力も落ちて来ているせいか、自分の怠惰さが上手く付き合っていくべき相棒になってしまっている。

この春は頑張れますように!

2025年2月2日日曜日

節分

 昨晩は帰って来たのが午前1時くらいで、2時前には寝たと思うけど今朝は6時起き。少し前までは4時間も寝れば全然大丈夫だったけど、今日は終日身体が重く眠たかった。

大学院の入試業務の間に来年度のゼミの振り分けをしたり、口頭試問に向けて卒業論文を読んだりする。

夕方家に帰ると恵方巻きが買ってあった。季節を分ける節分。立春の前日だということは知っていたけど、立春の日にちが移動することを知らず、毎年2月3日が節分のイメージだった。吉田神社の節分祭にももう長いこと行っていないし、子どもが大きくなってからは豆まきもしていない。ただ、恵方巻きは毎年食べている気がする。積極的に商業主義に乗っかっている感じ。

明日は立春。暦の上ではもう季節が進む。春は好きな季節だけど、時間が早く過ぎるのはちょっと勘弁してほしい。しなければいけない仕事が溜まっているのだ。


2025年2月1日土曜日

青春過ぎてもバカ話

 昨日(2月1日)分のブログを今書いている。これまではその日のことを当日のうちに書いていたのに、初めてその原則が崩れた。理由は単純で昨晩は午前様で帰宅し、そのまま寝てしまったためだ。

25年以上の付き合いになる後輩のお祝いの会を開いた。当時、イタ館なる場所でバイトをしていた5人が集まった。僕と同じ職業についているものが3名と違う道に進んだものが2名。家庭の話や健康の話、勿論現在の状況についての話もしたのだが、やっぱり楽しい時間の大部分を占めたのは、あの頃の話。20年前のこととは思えないほど、記憶が新鮮に取り出された。ワインを何本も空けながら、ブログには勿論書けないし、家族にも話せない話を延々と大声で話していた。店は幸い貸し切りだった。

気づけば23時30分を回っており、京都に帰る1人が走って阪急電車に飛び乗る。じゃあまた!余裕で見送った大阪組3人であったが、改札に入ってみると表示板が消えていた。急いで駅探で検索をしてみる。梅田着5時46分。宝塚から大阪までタクシーで帰る羽目になった。

それでも楽しかったなぁ。