2025年5月31日土曜日

カルヴィーノシンポジウム

 今日の午後は東京大学で開催されたイタロ・カルヴィーノのシンポジウムにオンラインで参加した。韓国、中国、日本からそれぞれ1人の研究者がそれぞれの国におけるカルヴィーノの受容やその後の影響について発表された。日本の研究者は『マルコヴァルドさんの四季』の受容と影響について、それを翻訳した研究者で作家でもある安藤美紀夫と関連づけながら話していて、とても興味深い観点だと思った。

何よりアジアのイタリア文学研究者を集めてイタリア語でカルヴィーノについてのシンポジウムを開催した意義は大きい。昨日のイタリア文化会館でのシンポジウムは、イタリア人研究者と日本人の研究者ががっぷり四つに組んで、カルヴィーノの来日をテーマにしたものであったが、今日のシンポジウムはそれを補完するアジア側諸国におけるカルヴィーノ受容がテーマであった。このシンポジウムを企画・開催したイタリア文化会館のスタッフと東京大学の先生方に敬意を表したい。

来週の木曜日は阪大でも学生を対象としてカルヴィーノの特別講演会を行う。文化会館でも講演をされた4名の先生をお招きして、今度は学生を対象にカルヴィーノの魅力をお話いただく。僕たちも負けないように意義深いイベントにしたい。

2025年5月30日金曜日

RRR

 今日は授業はなく、執行部会議のためだけに大学へ行った。会議では来週の教授会での議題整理とあとは予算執行に関するあれこれ。メディアでもよく言われているように、国から国立大学法人に与えられる運営費交付金は年々減額されているので、なかなか悩ましい。

家に帰って夕食の後、Amazonプライムでボリウッド映画RRRを観た。映画館で観ようと思っていたが機会を逸してしまっていた作品だった。噂通りの大迫力&漫画のようなアクションとお約束のダンスシーンがツボに入ってしまった。悩みが吹っ飛ぶほど楽しい。ただ、インド人がもしみんなあんなだったら、インド人とは友達になれそうにないな、育まれているエンタメの文化が違いすぎる! と思った。

2025年5月29日木曜日

GPAについて

 大学の成績の指標の一つにGPAというものがある。Grade Point Averageの略で各科目の成績を点数に変換し、その点数に科目の単位数をかけた合計を履修した科目の総単位数で割り出した数値を言う。

今日の教務委員会およびその後の教育担当理事との話し合いの中で、このGPAの改革の話が出た。海外の大学院への留学時に一定以上の数値を条件に課す国があるということである。イタリアはまったく気にしてないようだけど(僕の専門領域ではすくなくとも)。それで、教員が与える素点と現在のGPAとの変換の数字を学生に有利になるように変えようというもの。

学生が有利になるのなら大歓迎な話。でも一方で、GPA制度自体、何となく興味があるからとりあえず授業をとってみようかな、という僕みたいな層には、それで悪い点数を取ってしまうとその数値が下がってしまうという制度。僕が通った大学では当時コンピュータ処理などもなされていなかったのか、履修登録の際にはすべての開講科目に〇をつけて提出していた。身体は1つなので、同一時限に開講されている科目を複数受講することは物理的・理論的にできないのだが、一方が筆記試験で他方がレポート試験とかだと両方単位がもらえることもあったし、先生のミスなのか、1度も出席もせず試験も受けてない科目の単位がもらえたりすることもあった。牧歌的過ぎる時代だった。

2025年5月28日水曜日

甲子園

 高校時代の友人から数日前に連絡が入り、今晩の甲子園のチケットが1枚余っているから一緒に行かないかというお誘いだった。その友人とは数年間会っていなかったので、まず何よりも再会を楽しみに、会議終了後急いで甲子園に向かった。

座席は何と東芝プレミアムシート! まさにバックネット裏で、僕のプロ野球観戦史上最もいい座席だった。甲子園カレーとビールを持って席に着いただけで気持ちが高揚した。西武ファンの僕は京セラドームのオリックス戦にはよく行くのだが、甲子園は本当に久々だった。

やっぱり屋外の球場は素晴らしい。曇り空が時間の経過に連れて暗くなり、ナイターのライトがより光度を増したように感じてくる。阪神の応援は球場全体からスパイラル上にうねり上がってくるような迫力があった。これは相手のチームにとっては脅威だろうと思う。

試合は9イニングを通じてずっと押されてはいたものの、チャンスにタイムリーが出るか出ないかの差で、阪神が1-0で勝利。帰りの阪神電車でもみな幸せそうだった。




2025年5月27日火曜日

しあわせは食べて寝て待て

 今日最終話だったドラマの話。NHKで晩10時からやっていた『しあわせは食べて寝て待て』問うタイトル。時間帯が合うのか、妻が見ていたので何となく毎週見ていた。膠原病になってしまい、いろいろな夢を諦めてしまいそうになった女性が団地での生活と薬膳に支えられて再生していく、というストーリーなのだが、登場人物の善良さとチル効果のあるような音楽が心地よかった。何かがあって急激に展開したり解決したりするわけではないし、また登場人物の性格も実際にはリアルではないのだが、一歩一歩進んだり、後退していったりする歩みにリアルさを感じた。

年齢を重ねていくと刺さるドラマも変わっていくというお話。

2025年5月26日月曜日

息子の友達のインスタ

 月曜日は3コマ。それも1限から。1限は今ピランデッロの戯曲を読んでいる。「演じる」ところまではいかないが、声に出して「読んで」いる。朝一なので、みんな声の張りはそれほど良くないが楽しい授業。

午後の4限5限は1年生の文法と初年次の基礎ゼミ。いずれも私自身が話す時間の多い授業。キャンパスの移動もあり、帰りの阪急では疲労を感じる。

晩ご飯を食べて、ここ数日は息子の友人のインスタに目を通す。うちの子どもはほとんど連絡をよこさないし、SNSの投稿もあまりしないのだが、今エジプトに息子を訪ねに行っている小中学校時代の友人は、毎日かなりの量の写真やや動画をインスタにあげてくれている。その中に現れる息子の姿や声を楽しむ。

あと数週間となった留学生活、最後まで無事に楽しんでもらいたい。

2025年5月25日日曜日

おでかけ

 雨もやんだし、どこかに出かけたいね。そう言っているうちに時間は無為に流れていた。休日あるあるといってよい。今週の授業の予習をして、会議の準備をして、ちょっと音楽を聴いて、読書をして・・・ 結局、午後遅くに美味しいスコーンを食べに行こうと近所のトリントンティールームに行ってみたのだが、お目当てのスコーンはもう売り切れており、別のケーキを買って紅茶を飲む。それなりに美味しかったのだが、やっぱりスコーンが食べたかったなぁと思う。帰りにスーパーで買い物をして帰る。

なんてことのない幸せな日曜日。

2025年5月24日土曜日

しとしとと雨

 今日は朝から一日中弱い雨が降っていた。部屋の窓から、そしてリビングの窓から時折外を眺めてみたが、いつみても道路は濡れ、傘を刺した人が歩いていた。結局、今日は家から一歩も外に出ることはなかった。

朝からアラビア語の勉強をしていた。前にもこのブログで書いたかもしれないが、5年ほど前からオンラインの講座でアラビア語を勉強している。ただ、春に3ヶ月、秋に3ヶ月のコースで、授業がない期間はほとんどアラビア語に触れることはない。学生には口酸っぱく、語学上達のコツはとにかく毎日触れること! と言っているにもかかわらずである。

この5月から春のコースが始まったのだが、土曜日の14時45分からという時間はなかなか難しくて、3週目にして今日初めて授業を受けることができた。今日のお題は、外国で触れた異文化に対する驚き、そんな難しいお題でいきなり振られて答えられるわけがない。しどろもどろに3月のエジプトで体験したラマダンの話をした。文法は大部分間違っていたと思う。まともに答えられるのはいつも、挨拶と今日の天気くらい。

大阪は今日は朝からしとしとと雨が降り続いています。「しとしとと」という副詞だけを辞書で調べて、スムーズに答えることができた。

2025年5月22日木曜日

burocrazia

 手続きって本当にややこしい。来月の初旬にイタリアから3名と日本から1名研究者を招いて、学科主催の特別講演会を行うのであるが、宿泊費と謝金の支払いのための手続きに午後のかなりの時間を費やしてしまった。学内からしかアクセスできない財務会計システムと旅費申請システムで申請をした上で、代人払いの手続きやイタリア人への支払いに関しては租税条約適用の申請もしなければならない。今日は同僚と3人で何度も経理係に足を運ぶ羽目になってしまった。

そう、6月5日にイタリアの作家イタロ・カルヴィーノに関する特別講演会を箕面キャンパスで開催できることになった。東京と大阪のイタリア文化会館の後援によるもの。学生たちにイタリアの文学や小説を知ってもらう絶好の機会。この週末は、文学史用のレジュメに少し手を加えて、学生向けにカルヴィーノの生涯や作品の解説を作ろうかな。

夜は学会の仕事でオンライン会議。私がリマインドを忘れていたために、お1人の委員が失念していて来られなかった。数日前までは、ちゃんとリマインドしなきゃと覚えていたのになぁ。

2025年5月21日水曜日

特別講義

 今日の2限目は僕の大先輩にあたる先生に特別講義をしていただいた。キャンパスの近くに住まわれていることもあり、また現在の学科教員ではカバーできていない領域や時代をご専門に研究されていることもあり、昨年から毎年1度講義をお願いしている。

学生と一緒に講義を拝聴していて、なんだか懐かしい気分を感じていた。僕自身その先生に習ったはないのだが、講義のスタイルが僕の学生時代の先生を思い起こさせるのだ。レジュメには必要最小限のキーワードしか書いておらず、知的好奇心を刺激する脱線に満ち溢れていて、能動的にメモを取ることが必要になる。今の僕でも知らないことが多く出てきて、学問の広がりと奥深さを垣間見させてくれる。

翻って自分の授業を鑑みてみると、学生にわかりやすいようにと詳細なレジュメを作り、説明も、学生の理解度を表情から推し量りつつ段階的に行おうとしている。これでは、僕が学生のときに味わったような、学問や研究に対して畏怖の念を持てないのではないか、と思う。その良い悪いは別の問題として。

2025年5月20日火曜日

学生のプレゼン

 今日も3コマ。そのうち文化演習の授業では、毎回60分の講読の後に30分ほど時間を取り、4つのグループに分けてイタリアの文化や社会のトピックに関してリサーチクエスチョンを設定し、その調査をしてもらっている。そして5週に1度プレゼンをしてもらっているのだが、今日が最初の発表の日だった。各グループはそれぞれ、シエナとヴェネツィアの祝祭がコミュニティにおいて持つ意味、ミラノにおけるファッション教育とファッションウィークとの関連、カフェとパスタがイタリアの食文化と代表となった経緯、そして広場の機能に関する考察について発表してくれた。

各グループ、内容もさることながら、プレゼンのスライド造りが本当に上手で参考になる。僕などはパワーポイントすらもその機能の一端しか使えないが、学生はCanvaなるアプリを使って綺麗で見やすいスライドを作っているようだ。

以前にこのブログでも書いた生成AIや機械翻訳についてもそうだが、教員側も新しいソフトウェアをある程度使えるようにならないといけない。

2025年5月19日月曜日

緑のコンポジション

 教卓の椅子に座り、ぼうっと前方を見ていると、新緑というにはもう色濃くなりすぎた木々が不思議なコンポジションを作っていた。4限目の1年生の文法の時間、20分ほどの小テストを解かせる間のこと。その教室の窓は上部が大きく、下部の窓は小さめになっている。まだ冷房が入っておらず、半分くらい空いている窓もあれば、窓が4分の3ほど空いていてさらに網戸も半分くらい空いている窓、ほんのわずかにだけ空いている窓などがあり、窓枠と網戸の枠がいろいろな形の長方形を作っていた。窓の向こうの木々の陰影と相まって、ちょっとモンドリアンのコンポジション風に見えた。

2025年5月18日日曜日

LAZIO REGION AT EXPO 2025 OSAKA | Opening Ceremony

 Zegna のスーツにGucciのショルダーバッグをもって、大阪のセントレジスホテルに。それだけの格好をしても、きっと傍目にも場違い感は出ていただろう。このような場でそれにふさわしい態度を取ることは難しい。

今宵は大阪万博のラツィオ州ウィークが始まるのを記念したセレモニーに招待された。高級スーツやドレスを着て会場のあちこちで談笑する男女の口からは、今朝ほどのミケランジェロの彫刻の除幕式の話も漏れ聞こえてくる。

シャンパンとお菓子を片手に1時間ほどのおしゃべりタイムが終わった後で、まずはコンサートが始まった。ローマ・オペラ座の若手歌手4人の歌声は、セントレジスホテルのレストランといえども狭すぎると言わざるを得ないほど大迫力で響き渡り鳥肌が立った。

21時くらいからラツィオ州の料理をコースでいただく。ミシュランシェフをイタリアから呼んでいて、大人数の出席者にもかかわらず、完璧なアルデンテでサーブされるアマトリチャーナや牛肉の煮込みは絶品だった。前菜では、日本のイタリアンではほとんどお目にかからないカルチョーフィのユダヤ風も食べることができた。

席上では、日伊の万博の代表者や商工会議所の方、ローマの大学関係者など、いろいろな方とお話しすることができた。

あまり僕には似つかわしくない場所だったけど、たまにはこんな雰囲気を味わうのもいいかもしれない。

2025年5月17日土曜日

リフォームの見積もりとセカンドチャンス

 今日の午後は妻と一緒にリフォームの展示場に。まだどのくらいの規模でリフォームをするかは決めていないのだが、こちら側の希望などを提示し、いろいろ相談させていただく。プランナー?の人は、毎回こちらの要望に合わせて図面を作ってきてくれる。僕などは平面から立体を想像する能力に欠けているのか(そういえば数学でも展開図の問題はあまり得意ではなかった)ピンとこない部分もたくさんあるが、妻の方は図面を見て、実際に生活上で不便そうな点を次々に指摘していく。その後、キッチンや水回り、断熱材など様々な商品の展示を見て回る。ここでもぼんやり生活している僕にはなかなか気づかない工夫がいろいろ説明される。僕は常々選ぶ楽しみに価値をかなり置いている(だからレストランや居酒屋でも注文に時間をかけてしまい、妻には優柔不断扱いをされている)のだが、リフォームでは家の細部に関して、ほぼ無数とも言える選択肢がある。勿論金額の制約はあるのだけど。

晩は楽しみにしていたお笑い賞レースのTHE SECONDをゆっくり楽しむ。ファーストチャンスを活かせなかった芸歴16年以上の芸人に参加資格があるものだが、16年以上1つのことを続けていられた時点で、かなりの適性があったんじゃないかなと僕なんかは思ってしまう。今日のトーナメントでもそうだったが、僕の感覚がずれてきているのだろう、僕が面白いと思った方が負けてしまうことが多かった。なんか悔しい。

2025年5月16日金曜日

自宅で仕事

 今日は大学に行かず終日自宅で仕事。午前中はオンラインでの会議。午後は教務関係の昨年度の点検評価の資料を作っていた。昨年・今年と学部内で役職をさせていただいているので仕方がないことだが、自分の授業準備や研究以外のことでかなり時間を取られてしまう。

夕方には少し心配な案件が2つ。どちらも板挟み的な状況で僕自身に直接の責任があるとは思わないが、それでも立場上関わらなくてはいけない案件。あーこういうことが少しずつダメージになるんだよな。

2025年5月15日木曜日

節約の方法

 今日は財務会計委員会なるものに出席した。大学の部局に降りてくる予算に合わせて、その使途を議論する重要な会議。予算書や決算書に出てくる数字は、家計簿や学会の年次報告とは比べ物にならないほど大きくて、全然実感が湧かない。

ただ、世間でもよく言われていることだが、国立大学に渡される運営費交付金は毎年決まった割合で減らされており、いろいろなところで無駄を省く必要がある。各委員会からの予算要望理由を聞いていると、どれも必要な項目だと思うのだが、全部を叶えるわけにはいかないみたい。

規模は比べるべくもないが、僕個人の通帳ももうすぐマイナス100万にのりそうで怖い😱。そんな無駄遣いしているつもりはまったくないのだけれど…

2025年5月14日水曜日

キャンパスツアー

 スマホのカレンダーアプリには、今日の12時に「ドバイ大学関係視察」とだけ書かれていた。昨日、事業推進係の担当者にどういう趣旨・目的で来られ、こちら側はどのような対応をすればいいのか伺ったが、箕面キャンパスの建築を視察に来るということしかよくわかっていないようだった。

そして今日のお昼、約束の時間に専攻長と僕と、この箕面キャンパスの設計に関わった2人の先生方が豊中から応援に来てくれて対応した。その数19人! しかし僕たちのようにスーツを着たしかつめらしい人は誰もおらず、おしゃれなファッションをした女性や男性たち。外見はどう見ても中東の人ではない。小学生くらいの子どもも何人かいた。頭にクエスチョンマークを浮かべながら対応を始めたが、実際のところ彼らのほとんどはロシアとウズベキスタンから来た建築家で、あとの人は建築と教育の関係をテーマとした雑誌を発行している方だった。その代表の方がドバイ在住というだけだった。

というわけで、情報がかなり錯綜していたのだが、結局のところ彼らは国際的な建築雑誌に載っていた箕面キャンパスの建築を視察しにきた雑誌関係及び建築家のご一行だった。彼らは箕面キャンパスの建物の環境性能や材質、耐震構造やデザインに興味を持っており、僕に答えられる質問はほとんどなかったので、豊中から応援に来ていただいた設計関係の先生方にほぼすべてお任せし、僕自身もお客さん気分で、自分の職場でありながらよく知らないでいたキャンパスの建築についてレクチャーを聞いていた。それはそれで楽しかった。


2025年5月13日火曜日

要らないんだけど…

 今日も3コマの授業を何とか終えて帰宅の途につ…かずに京セラドームへ。今日は年に1度の京セラドームでの鷹の祭典、つまりソフトバンクホークスの主催試合。今年は僕が応援している西武との試合だったので応援に行く。前回観戦して勝利を収めた時の記憶をたどり、同じコンビニでその時と同じおにぎりとサンドイッチ、そしてコーン茶を購入してからドームに向かう。僕の行動と応援しているチームの勝敗には何の関係もないことはわかっているんだけど験をかついでしまう。

入場口で手荷物検査を受けてドームに入るとすぐに黒いユニフォームとフラッグなど応援道具一式をいただく。受け取った人の大部分はその場で服の上からユニを着ていた。西武ファンなので要りません!…とは言わずに僕はそれをリュックの中にすぐにしまう。

それが勝利の女神の目には裏切り行為と映ったのか、験のいいはずのおにぎり、サンドイッチ、コーン茶にもかかわらず西武は負けてしまった。

誰かソフトバンクホークスの20周年ロゴ入りの配布ユニフォームは要りませんか?


2025年5月12日月曜日

長引く咳

 月曜日は1限が箕面キャンパスで4, 5限が豊中キャンパスの日。3コマはやはり少し大変。火曜日も3コマなのだが、月曜は講義系の科目が多く火曜日は講読・演習系の授業が多い。正直、準備等は月曜日の方が大変である。

月曜日は授業の合間の2, 3限の時間の使い方が重要になる。いつもは火曜日の授業の予習をすべてその時間にしてしまうのであるが、今日は学務やメールの返信などに追われて何もできなかった。

いつも大学から帰宅する頃に、何か買い物などないか、いわゆる帰るLINEをするのであるが、妻からは今日は咳がひどく落ち込んでいると返信。妻は1度咳が出始めるとなかなか長期間にわたり続いてしまう。もう何年も前だが百日咳と診断が下りたこともある。実際、僕が家に帰ってから夕食を取っているときも、明日の予習をしているときも咳が出て辛そうだった。とても心配。


2025年5月11日日曜日

レンチンのポテンシャル!?

 京都で目覚め、近くの喫茶店でモーニングを食べて大阪に帰る。明日の予習などするべきことがたくさんあったので昨晩のうちに大阪に帰るつもりだったのだが、昨日の再会と出会いが楽しすぎて遅くまで遊んでしまった。

お昼前に大阪に帰宅。お昼には義母と義妹がいろいろな冷凍食品をもってうちに来るという。なんでも妻の実家ではこれまで電子レンジを使っておらず!、ついに購入を考えているらしい。そこで、電子レンジでどのようなの美味しさものが食べられるのか、どのくらい温めることができるのかをうちの電子レンジで試すということだった。

一人暮らしのときからもう何十年も電子レンジにお世話になってきた僕からすると、これまでまったく使ってこなかったということが純粋に驚きである。

パスタが数種類とグラタン、あんかけ焼きそばにから揚げなどの冷凍食品をもってきてくれて、お昼はそれらを1つずつレンチンしていただいた。おなじレンチンするにしても、パスタは乾麺を百均で買った容器に入れ、水を入れてレンチンするやり方(週に1度くらい研究室で作っている。勿論ソースもレンチン)の方が格段に美味しいと教えてあげた。

2025年5月10日土曜日

再会と出会い

 今日はお昼前に京都へ。午後にリフォーム業者と打ち合わせ。入居して20年以上経っているし、息子が卒業したこと後のことも考えて、リフォームをしようかと思っている。

それが終わり、以前このブログにも書いた約25年ぶりに連絡をいただいた学生からのお誘いで相国寺承天閣美術館へ。日本画家の畠中光享先生の展覧会を見た後、会場で約25年前にイタリアで引率した学生とそのお母様の日本画家、その時に引率して来ていた美術史の先生のご家族などと合流し、畠中先生も交えて食事に行った。

美術関係の人たちばかりで最初は僕なんかが同席していいものかと心配していたが、出会って数分で、今日誘っていただいたことに深く感謝したい想いになった。畠中先生との出会いは本当に素晴らしく、25年前の芸術短期大学のイタリア研修に参加していた学生や先生との再会も本当に嬉しかった。

また集まろうと言って別れたが、今から次の機会が楽しみだ。



2025年5月9日金曜日

バタバタ

 午前中のオンラインでの会議を終えて、自宅でレトルトカレーを食べている時だった。給湯器の修理工事のために京都の家に戻った妻からの電話。「家の鍵を忘れたから持ってきてくれない?」その時すでに12時10分くらい。修理の業者が来るのは13時と聞いていた。そして僕の方は15時10分から箕面キャンパスで授業。残っていたカレーを3口くらいで食べ、歯も磨かずにさっと着替えて、雨が降っているのはわかっていたけど最寄り駅まで自転車を飛ばし地下鉄に乗り込む。京都の家に着いたのが13時25分くらい。玄関口で待っていた妻と業者の人に鍵を手渡し、そのままとんぼ返りで阪急の駅へ。大学には15時5分前に到着。なんとか間に合った。

夕方に予期していなかったメール。僕が仲介をするような形である先生に依頼した仕事の内容が、僕自身が聞いていた内容より遥かに大変で、依頼した先生がかなりご立腹。詳細を確認して依頼しなかった僕の責任。その先生に謝りのメールを入れるとともに、僕に最初に仲介を頼んできた先生に、改めて詳細を伺う。この問題は時間をかけて解決していかなければ。

いやぁ、バタバタした1日でした。

2025年5月8日木曜日

ゼミと会議、新任教職員歓迎会

 2限目のゼミは今日から卒業予定者の進捗報告。2人の学生が発表にあたっていたが、そのうちの1人が授業が始まる時間に教室にいなかった。他の学生にLINEで連絡してみるように頼みつつ、もう1人の発表から始める。コンメディア・デッラルテと狂言との比較。仮面の使用などの様式性と当時の社会風刺的な役割の側面から調べたいとのこと。問題設定や章の構成にまだ不十分なところはあるものの、今の時期としては十分な内容。ゆっくり目にコメントしていたが、もう1人の学生は来ない。そのうちLINEで連絡をとってくれていた学生から、当該学生は体調不良で今日は欠席するとの連絡。今朝急に体調が悪くなったのかどうかはわからないものの、発表にあたっているのだから事前に何らかの連絡が欲しかった。

毎月月初めの木曜午後は教授会。今日は特段議論を生むような議題はなく、1時間ほどで無事修了。何より。その後、専攻の同僚たちとエスプレッソを飲みながらだべっていた。今日は18時から新任教職員の歓迎会がある予定だったのだ。

教授会を行う記念ホールの机の配置を変えて、軽食や飲み物を持ち込み歓迎会。いろいろな先生と話ができて楽しかったのだが、肝心の新任の教職員とはあまり話ができなかった。

2025年5月7日水曜日

カシミール

 今日は水曜日だけど火曜日の時間割。なにか調子が狂うことに加えて、曜日変更は非常勤講師の先生方には大きな負担をかけていると思う。すべての曜日を15週分確保しなければいけないことが背景にあるが、僕が学生の頃は大学の授業はいい意味でもっといい加減だった気がする。大体月曜日に休日が固まるのは、従来の祝祭日を移動したせいで、その背景には連休を作ることによる経済的な思惑もあって… と愚痴になりそうなのでここらでストップ。

午前中は2コマ、本当は4限に1対1で行う大学院の授業が入っていたのだが、学生さんが水曜日の午後にはバイトを入れているそうで授業は金曜日に振り替え。まぁマンツーマンの授業で僕の都合で時限を変えることもあるので、それは別に構わない。

というわけで午後が空いたので再び元町の「イスラーム映画祭」に。今朝のニュースでインドがパキスタンを攻撃したと報じており、カシミール紛争の一端を描いた、気になっていた映画『冬の裏側』を観に行った。

凍てつくような心象風景が広がっていたが、映像は静謐で美しかった。だが、そのカシミール地方の美しささえも、歴史の中で支配者側のイメージ戦略に使われていたと知り複雑な気分になった。そのことは映画終了後のトークセッションで拓徹先生が話してられた。また、「カシミール紛争」について歴史的な経緯から現状までを詳しく話していただいたが、わかっていなかったことばかりで勉強になった。

2025年5月6日火曜日

連休最後の日

 今日でゴールデンウィークも終わり。また明日からは授業が始まる。今日は基本的に自宅で自分の仕事をしていた。

連休中それなりに自分の研究も来週の予習も、そして学務の宿題も取り組んではいたのだが、まだどれもゴールが見えないせいか、いまいち充実感がなく、連休が終わろうとしている今焦りを感じてしまっている。

ネットニュースでは連休明けには退職代行を使っての離職が相次ぐだろうと予測されていた。気持ちはわからないでもない。職業柄、夏休みと春休みがあるのだが、その期間それなりに仕事はしていたとしても、授業のようなルーティンがあるわけではないので、いつも休みの終わりには、社会復帰?できるのか不安になってしまう。

明日は水曜日だけど、曜日間の日数調整のため、あすは変則的に火曜日の時間割になる。ということは1限からだ。油断しないように、また頑張っていきましょう。

2025年5月5日月曜日

木陰でピクニック

 「子どもの日おめでとう!」午前中に父母からの電話。50歳を過ぎた息子に「子どもの日」のお祝いを告げるのもどうかとは思うがありがたい。僕も海外にいる息子にせめてLINEでもと思ったがやめた。口実の要件が見つからなかったからだ。

連休も終わりが見えてきてちょっと悲しい。午前中は部屋で自分の仕事をしていた。

正午くらいに義母と義妹が重箱におにぎりとおかずを入れてやってきた。僕たちは難波宮に行き、木陰に敷物を敷き椅子をおいてピクニックをした。陽射しにはそれなりの強さを感じたが、風が通り抜ける木陰は時に肌寒さを感じるほどだったが、気持ちのいい空間だった。「こうしてピクニックができる時期なんて短いですよね。すぐに暑くなってしまうから」などと他愛のない会話をしながら午後の数時間を過ごした。

晩は家族ぐるみで付き合いのある友人夫妻とその高校生になる子どもも交えて近所のおでん屋さんに行った。互いの近況報告と次回の約束。楽しい時間を過ごした。お土産として柏餅をいただいた。

2025年5月4日日曜日

インフィオラータとイスラーム映画祭

 一昨日に続き、今日も神戸へ。朝9時過ぎには元町の商店街に並んでいた。毎年のことなのだが、「イスラーム映画祭」はその日に上映する映画の整理券を当日の朝9時30分に配布する。ネットによる事前予約などない、かなりアナログな方式である。僕たちがついたときは、もうかなりの人が並んでいたが、受けとった番号は55番と56番。客席は70席ほどなのでなんとか間に合った。

見る予定の映画は15時からだったので、妻と僕は日本最古のコーヒー店と言われる「放香加琲店」でしばらく時間を潰して、それから古本屋を訪れたりして街を散策する。11時くらいに、すでに長蛇の列をなしている中華の店を発見。入ったことのない店だったがお昼はそこにしようということで後ろに並ぶ。11時30分の開店第1陣ではお店に入ることができず、お店に入ったのは12時15分くらい。前菜5種と小籠包3個、卵とコーンのスープにメインが鯛の煮付けのお魚定食を食べたが、これが大正解。本当に美味しかった。また行きたいと思う。

その後、北野坂のほうまで歩き、インフィオラータを見る。3年ぶりくらいに見たが、以前より規模が小さくなっており、少し物足りなさを感じた。でもイタリア発祥のインフィオラータがすっかり定着していることは素直に嬉しい。

そしていよいよ「イスラーム映画祭」へ。今日見た作品は『ラナー、占領下の花嫁』という2002年の映画。第二次インティファーダのときのエルサレムで撮影された映画であったが、テーマがぼやけた印象を受けた。映画上映後の岡真理先生の辛口解説が面白かった。



2025年5月3日土曜日

Youth

 青リンゴ繋がりで今日はグラングリーン大阪で開催されている安藤忠雄展へ。ふと思い立っていったのだが、今日は安藤忠雄さん本人が来る日だったらしく、広いとは言えない会場には大勢の人がいた。直島の地中美術館とかヴェネツィアのプンタ・デッラ・ドガーナとか京都の木屋町三条の商業ビル、中之島の子ども図書館に、昨日行った兵庫県立美術館といった今まで訪れたことのある場所や、まだ訪れたことのないパリの現代美術館ブルス・ドゥ・コメルスや茨木市の光の教会などの模型(内部構造まで精密に表現されていた)や設計メモをじっくり観察して、空間を構想しそれを具現化する創造力に感嘆する。

そうしているとスタッフの声で、もう直ぐ安藤忠雄さん本人が来館されること、図録かバッグを購入した方を対象にサイン会が行われるという告知。ミーハーな僕は急いで図録を購入し、サイン会の列に並んだ。

サインを100人ほどしたところで、サイン会を中断して15分ほどトークタイム。会場から自由に質問を受け付けてそれに応えていくという方式だったが、つまらない質問や独りよがりな質問は一言で切り捨てて先に進んでいく。一方で現在の日本(人)の状況や日本(人)にいま何が必要かといったテーマについては熱っぽくバイタリティ溢れる態度で答えていく。

Youthというこの展覧会のタイトルに違わない一人の芸術家の態度だった。



2025年5月2日金曜日

青リンゴと救急車

 毎年ゴールデンウィークには美術館に行っている。特に意識しているわけではないのだが、宿泊込みの遠出もなかなかできないし、でもどこかに行ってリラックスしたいし、ということでそうなってしまうのだろう。今日は兵庫県立美術館のパウル・クレー展に出かけた。イタリアの未来派とも同時代だし、バウハウスの方針などの変化もわかるような展示で、とても興味深かった。クレーもその歩みの中で結構画風が変わっていること、クレーの反戦的な態度など発見もあった。

特別展を観終わった後、せっかくこの美術館に来たので安藤忠雄ギャラリーを抜けて青リンゴと記念撮影。

帰りにちょっとした事故に遭遇した。阪神岩屋駅から大阪上本町まで行って。近鉄で買い物をして歩いて帰る途中、僕たちの脇をふらふらと抜けていった自転車が、100メートル先くらいで何かに滑ったのか横転。運転されていた高齢の女性は、意識ははっきりしていたものの、頭部は擦過傷で血が滲んでいて、腕の骨も折れているようだったので救急車を呼んだ。救急車が来て、警察官に状況を話して帰ってきたが、怪我がそれほど大きなものでなければいいのだけれど。



2025年5月1日木曜日

いもせ

 今日は1日中家で自分の仕事(研究と学務)をしていたので、あまり書くことがない。家を出たのは、昼ごはんに近くの蕎麦屋「いもせ」に行ったくらい。

このお蕎麦屋は近所でも有名な人気店で当日の午前中に予約していないと、なかなか入れない。僕らは予約がかなり遅くて(11時過ぎくらいだった)、13時15分しか空いていなかったし、その時間に行っても結局15分くらいは席に案内されるまで待っていた。

今日は蕎麦の実入りの田舎そばの大盛りを食べた。ここのお蕎麦は啜った時にちゃんと蕎麦の香りがする。美味しかった。最後の蕎麦湯を飲むと胃がじんわり温かくなってほっこりした。