2025年6月30日月曜日

水無月

 梅雨なのに水無月とはこれいかに? と毎年思っていたのだが、今年はすでに梅雨も明けている。今日で2025年も半分が過ぎたことになる。すでにこのブログ上ですら何度も言っているが、時間はますます加速して進むようになってきている。この歳になると時間を追いかけようだとか、勢いを止めようだとか、ましてや時間の背中に乗って疾走しようなどという気力も体力もなくなり、呆然としたまま流されるだけになってしまう。

ニュースで茅の輪くぐりを紹介していた。今までしたことはないのだが、今年は年初から怪我が多く、本当はくぐっておきたいところだった。とりあえず、もう1つの風物詩の水無月はしっかり食す。妻の好みに合わせて、京都の五建外郎屋の水無月を今年も食べた。

さあ明日から今年も後半戦。とにかく元気に夏を乗り越えよう!

2025年6月29日日曜日

母の誕生日

 6月29日は母の誕生日だ。今日で74歳になったはずだ。こうしてブログに74と数字を書くと、その年齢が喚起するイメージが浮かんできて少し戸惑う。現実と釣り合わないように感じるが、あるいはそのイメージ通りかもしれないとも思う。そうか、もう74歳なのか。

なかなか鹿児島まで帰省することが少なくなり、たまに帰ると確かに両親は年をとったなという気がするようになっている。今では僕も妹も家庭を持ち、両親は一匹のコーギー犬と暮らしている。

朝電話をすると、いつもと変わらぬ声で受け答えをする。今朝早い時間に日時指定をしていたプレゼントが届いたらしい。日傘と洋服。もちろん妻のチョイス。母の日は何も考えることなく花を贈ればいいけど、誕生日は迷ってしまう。親の日常生活を知らないので、どんなものが必要か? サイズがどれくらいか? 何もわからない。それでも喜んでくれてよかった。

明日お中元を買いに行くから、何が欲しいと問われる。夏だし、ゼリーやジュースなどの詰め合わせでいいかと聞かれ、それでいいと答える。正直、なんでもいいんだけど。

とりあえずBuon Compleanno!

2025年6月28日土曜日

夏まつり

 朝いつものように9時ごろに大学に着いたのだが、地下鉄の駅を上ってキャンパスの3階入り口に着いた時点で、いつもとは違う明るさ・活気がそこにはあった。目に眩しい赤いTシャツを着たスタッフが簡易テントの間を忙しそうに動き回っていた。今日は2年ぶりの箕面キャンパスの夏まつりだった。

僕の仕事は、夏まつりに合わせて行われる模擬講義の前に10分ほど総合型入試の説明をするというものだったが、模擬講義が始まる午後1時前には、ホワイエからはバンドの演奏と模擬店でお客さんに呼びかける明るい声が聞こえており、エレベータにも近隣の人が家族連れで大勢乗っていて、中には浴衣を着ている子どもの姿もあった。

僕自身もすっかり高揚した気分で模擬講義が行われる大講義室に入ると、200名ほどの高校生がぎっしり座っていて驚くと同時に少し緊張した。

僕自身の総合型選抜入試の説明は別に可もなく不可もなく過ぎていったが、その後の模擬講義は素晴らしかった。あれだけ多くの高校生を前にして、学問の面白さを平易な言葉で伝えるのは結構難しいと思うのだが、担当された2人の先生方は高校生たちの注意を惹きつけていて素晴らしい講義だった。

夏まつりは晩の盆踊りまで続くということだったが、所用で僕自身は模擬講義の後すぐに大学を出なければならなかった。活気のある声は続いており、僕の後ろ髪を引いた。

2025年6月25日水曜日

2度目の万博

 今日は朝から家族3人で大阪関西万博を訪れた。僕は2度目だが、妻と息子は初めてなので、思う存分楽しんでもらいたいと思いながらも、並び疲れて不機嫌になったり、あまり万博自体に興味を持ってくれなかったりしたら…と心配なところもあった。

10時30分くらいに入場して、まずはサウジアラビアパビリオンに。建物自体もカッコよかったし、中庭の空間も素晴らしかった。その後、スペインパビリオンで風船を使ったショーが行われていて、これが日本では見たことがないタイプのショーで楽しかった。その後、モナコ公国のパビリオンとコモンズFに行って午前中は終了。カザフスタンはコモンズの中にあるにしては、かなり素晴らしく満足度が高かった。

お昼はどこか海外パビリオンのレストランに行きたかったのだが、コスパも考えて結局ラーメンに。美味しかったけど、もし次行くことがあれば、やはりどこか海外パビリオンのレストランに行ってみたい。

午後はコモンズのB, Cに立ち寄ってからベルギー館へ。今回の万博のテーマである「いのち」に正面から向かい合ったテーマとマネキンを巧みに使った演出の映像が印象に残った。そしてイタリア館! まずは、サルデーニャ島の伝統的な祝祭時の仮面舞踊を劇場で観ることができた。間近でカウベルの金属的な響きを聞きながら、様式化された人と牛の闘争のシーンを体験することができて興奮した。その後、パビリオン内の展示を鑑賞。何度見ても素晴らしい。もちろん初めての妻と息子がとても感激していたことも嬉しかった。

最後にシグネチャーパビリオンの一つである「いのちの動的平衡館」を見た。光のインスタレーションで、地球の歴史は利他的な共存のそれであったことが示されていて、これも印象に残るものだった。

東ゲートを出て、人波の中を夢洲駅まで歩く。1日中歩き回ったり、列に並んだりしていたので、僕も妻も足が痛かったが、息子はまた来たいと言っていた。よかった。






2025年6月20日金曜日

残念なこと

 イタリア語専攻では、毎年9月に4週間の海外語学研修を実施している。2回生の希望者を対象にシエナ外国人大学へ派遣して、90時間の研修を受講し、3単位として卒業単位に算入される。

それが今年は最終的に参加者がゼロになってしまった。昨年度は19名参加したのにである。

いろいろ要因はあるだろうと思う。学年によって学生のカラーが異なるのはいつものことだ。ほぼ全員が参加した昨年度も、ある意味イレギュラーだったことは間違いない。また、イレギュラーと言えば、今年は10月半ばまで大阪・関西万博があり、イタリアパビリオンでアルバイトをする学生が数名いたこと、個人で同じ時期に語学学校へ留学するものなどもいる。

危惧すべきことは、やはりユーロ高(というか過度の円安)の要因だろう。この研修を始めた10年以上前と比べて、参加費用が20万円ほど上がっている。それに加えて現地での生活費もかかる。これではちょっと苦しいなと率直に思う。

外国の語学や文化を学ぶうえで、今でも留学はその最適な方法だと信じている。感受性は本当は歳を取らないものなのかもしれないけれど、やっぱり若いうちに海外へ行ってみてほしいと思う。

シチリア方言

 今日の午後に1人学生が研究室を訪れてくれた。この夏の大学院入試を受ける意向で、シチリア方言について研究したいということだった。

私自身、シチリアの文学を研究しているものの、専らシチリアの作家が標準語で書いた作品を対象としているので、シチリア方言についてはそれほど明るくはない。イタリアの他の地域の方言と比して、あっこれはシチリア方言だ! とわかる程度で、シチリアの人同士が方言で話していると、その内容を理解することはできない、残念ながら。

日本にいながら外国の方言を学ぶことは難しい。音韻の変化や母音や子音の転位など、傾向を研究所から学ぶことはできるだろうけど、肝心の音声を伴わない研究では不十分だろう。

そういうことを話した。ただ、卒論に関しては、私が研究している作家の短編小説に限定して、その中で使われているシチリア方言について扱うという。現実的でFattibileな選択だと思う。

ともあれ、現在イタリア語関連で言語学を専門としている研究者は少ないので、大いに期待している。できるだけサポートしていけたらいいな。

2025年6月18日水曜日

アイスモナカ

 気がつくと誕生日から2週間弱が過ぎ、マイナンバーカードの電子チップ?の更新期限が過ぎていた。この5年間マイナンバーカードを使った記憶はあまりなかったのだが、通知の手紙がいつまでも机に載っているのが気になって更新に出かけた。

区役所までは自転車で10分くらい。ただ、外気の暑さに頭がぼうっとする。これからは帽子をかぶり肌を守るために長袖を着たほうがいいかもしれない。

更新の手続き自体は割とあっさり終わった。期限を過ぎていたので、最悪最初からやり直しかと思ったがそんなこともなく、スムースに更新された。

区役所を出ると再びの熱気。近くにあるゼー六へと自然と吸い寄せられていく。いや、嘘だ、今日家を出る前から、絶対帰りにアイスモナカとコーヒーをいただこうと決めていた。店の前には持ち帰りの人々が列をなしていたが、幸運なことに店内のテーブルが1つ空いていてすぐに入店できた。

ここのアイスモナカは不思議な清涼感があり、食べても喉が渇かない。口の中もベタベタしない。僕たちが店内で食べている間にも、8個、10個と店の前で声が聞こえ、その度に店主が新聞紙で包んでアイスモナカを渡していく。妻曰く、この辺りの人は外回りのお土産に買っていくらしい。確かに、この近くに職場があれば、毎日でも食べたいなと思う。




2025年6月17日火曜日

舟を編む

 楽しみにしていたドラマが始まった。もう10年以上前だろうか、本屋大賞を受賞した時に話題になっていたのに読んでいなかった『舟を編む』のドラマがNHKでスタートした。言葉の大海原を迷わずに渡るための舟としての辞書を編纂する人々の物語だ。第1話から言葉のニュアンスが持つ意味の深さと表現の可能性、そして時に人を傷つけてしまうような危うさとを教えてくれた。月並みではあるが、僕自身も言葉を大切に使っていきたい。

イタリア関係の研究者の間でも時々話題になるが、イタリア語の大海原を渡る船が相当古くなっていて、新しい岩礁や渦に耐えられるか心配である。学習者人口の減少や費用対効果の問題もあるのだろうが、新しい舟は編まれるべきだと思う。日本でイタリアを研究する者にとって、切実な願いである。


2025年6月16日月曜日

蒸し暑さ

 いよいよ苦手な季節が本格的に到来した。豊中キャンパスへ向かう学内連絡バス。いつも始発の吹田キャンパスから箕面へ来た時点で満員で豊中までの約20分立って乗車しなければならないのだが、今日はバスの中の湿度がかなり高かった。つり革も持てず、乗車したドアの上方に手をつきながら何とかバランスを取っていたのだが、じっとりと汗がにじみ出てくる。一緒に乗っていたのがビルマ語の先生だったということもあって、(ミャンマーではないが)マレーシアやシンガポールに初めて行った時の驚きを思い出していた。粘度の高いミストシャワーのなかにいるような感じだった。

夏自体は嫌いじゃないけど、出来ればカラッとして少し痛いくらいの陽射しだといいんだけど。

そういえば明日妻は友人と布引ハーブ園に行くと言っていた。言葉を聞いただけで清涼感を感じてしまう、なかなかいいチョイスで羨ましい。

2025年6月15日日曜日

父の日

 6月の第3日曜日は父の日だ。自分が親になってずっと思っていることだが、同じ一親等の関係性であっても、親に対する思いと子どもに対する思いは全然違う。勿論、理屈の上では、自分が父親になり子どものことを気にかけるようになると、父親も僕に対してこんな心配を抱いていたのかな、と想像できるのだけれど、だからと言って子どもへの愛情と同じ大きさと深さを持った気持ちを父親に向けられるかというとなかなか難しい。

ということは、裏を返すまでもなく、息子も僕に対してそれほどの気持ちを抱くことはないんだろうな。なんの連絡もなく終わろうとしている父の日の夜にふと思って、ふふって笑う。

2025年6月14日土曜日

アラビア語とファッションカンタータ

 今日は土曜日。午前中はいつもように自室で自分の勉強と来週の予習をする代わりに、久しぶりにアラビア語の勉強をしていた。毎週土曜日の午後にオンラインで授業を受けているのだが、ここのところ仕事やイベントで数回連続欠席してしまっていた。だが、今日は久しぶりに参加できる! あらかじめ会話(作文添削?と言った方が実態に近いかもしれない)のテーマは決まっているので、とりあえず回答を想定しておく。ちなみに今日のテーマは「もしあなたが1日だけ歴史上の人物、あるいは空想上の人物になれるとしたら、誰を選びますか? そして、その日何をしますか?」という質問。なかなか難しい。ヒーローや大富豪になることも考えたが、たった1日だけという条件があったので、よくばりな僕は『Back to the future』のドクになってタイムマシンで過去に行き、現在の世界が僕にとってあらゆる面で心地よいものになるように、歴史を変えまくると答えておいた。あまり受けなかった…

妻は今日は京都劇場で開催されていたファッションカンタータに行ってきたみたい。水川あさみやシシドカフカより、ダンサーのアオイヤマダの着こなしと動きに感銘を受けたようだった。ちょっとだけ僕も行ってみたかったな。

2025年6月13日金曜日

なノにわの青

 今日は午後にオンライン会議が2つ。オンラインの会議はなかなか集中するのが難しくて得意ではない。なんだろう。同じ空気を共有していないせいか、発言もしにくい感じ。

自室で2つ目の会議に参加していたとき、不意に息子が京都から立ち寄った。エジプトから持ち帰ってきた本がまだ大量にこちらにあり、少し持って帰るそうだ。午後に梅田で友達と会っていたらしい。とにかく嬉しいサプライズだ(たとえ明後日の父の日なんて覚えてなくても)。

せっかく息子も来たので、近くのなノにわにある回転寿司に。いつもはがら空きなのに、金曜日の晩のせいか8組待ちだった。だんだん青が濃くなっていく僕の好きな時間。芝生には小さな子どもが走り、時々めちゃくちゃ大きな、それでいてぬいぐるみのような犬が散歩で通る。そういえばまだ見せてもらってなかったということで、ベンチに座りながら息子のスマホに入った留学中の写真を見ながら、いろいろ思い出話を聞いた。

待ち時間が長くてよかった。

2025年6月12日木曜日

学科会議

 今年は時間割の関係で、学科の教員が一堂に会するのは木曜日しかない。弊学の場合、複数キャンパスがあることもあり、授業がある日でも別キャンパスだったりすると互いに会えないので、木曜日はゆっくり話せる貴重な機会だ。

お昼にご飯を食べながら、あるいは午後にそれぞれが属している委員会の会議が終わった後で、誰かの研究室に集まり、エスプレッソとお菓子を前に雑談を交わす。

今日は各授業において気になる学生のことや8月に実施予定の大学院入試やオープンキャンパスのこと、その他の懸案について話した。先週、カルヴィーノシンポジウムを終えて、近々は特に大きなイベント等もないため、リラックスした語らいの時間だった。

2025年6月11日水曜日

お中元

 今日は授業がない水曜日。会議もなかったので大学には行かず、自宅で勉強と授業の予習。お昼にお中元を買って発送するためになんばの高島屋まで行った。今年はお素麺。

その後、なんばの地下を歩いていたが、やはり広すぎて目指す場所(ある銀行のATM)になかなかつけなかった。途中パン屋でカフェを飲み帰ってきた。

夜はDAZNでナイター観戦。我がライオンズにとっては珍しいサヨナラ勝ちでテンションが上がった。

2025年6月10日火曜日

卒業生の来訪

 今日は数年前に卒業した学生が研究室を訪ねてくれた。教員をしていて嬉しいことの1つである。これまで連絡をとっていなかったわけではなく、数ヶ月前に大学院附属の複言語・複文化共存社会研究センターのちょっとした(といってもとても大切な)仕事をお願いしていた。今日はその進捗の報告も兼ねて来てくれたようだ。

僕のゼミ生であったが、卒業論文執筆時の指導の際にはとても苦労したことを覚えている。真面目で研究熱心な学生だったが、調べていたことを論文の形にまとめることに苦労していた。

今日は彼女がいましている活動のことや、ふくふくセンターでお願いした仕事の話などを1時間ほどした。イタリア語と関わろうと努力し続けていることが嬉しかった。

Ci vediamo! またね。

2025年6月9日月曜日

梅雨入り

 関西地方も梅雨入りしたらしい。今日はそれほど強くは降らなかったものの、湿度はだいぶ高くなってきており、これからの苦手な季節の到来を十分に予期させるものだった。

月曜日は講義系の授業が多く、帰宅時には声が疲れてしまう。帰宅すると妻がメープル味のキャンディをくれた。カナダからのお土産らしい。

今日のお昼、息子が小学校時代に少しだけ通っていたイタリア語学校のママ友がうちに遊びにきたらしく、そのうちの1人が最近カナダに旅行に行っていたらしい。イタリア語学校時代のママ友だけあって、今日集まった3人のうち1人はイタリア人で、あとの2人にはイタリア人のご主人がいる。なかなかインターナショナルな集まりだ。昼ごはんは大阪城近くのなノにわで食べたらしいが、雨には当たらなかったということだ。

どんな話をしていたのかは聞かないが、楽しんでおしゃべりしていたようでよかった。



2025年6月8日日曜日

再び2人に…

 先週の水曜日に帰国した息子と昨日まで4日ほど一緒に過ごしていたが、今日からは大阪で再び妻と2人の生活である。午前中に自分の仕事をして、お昼過ぎに天王寺へ。日曜日にも営業している郵便局の窓口へ行き小包を送ってから、天王寺MIO内の中華料理店へ。昼間から酎ハイを片手に、酢豚と麻婆豆腐と天津飯をいただく。美味しかった。その後、てんしばの直売所で野菜を多めに買ってから帰宅。

夜は晩御飯を食べた後、明日の予習。月曜火曜は1限目から授業なので早めに就寝。

うん、いつものリズムに戻った感じ。

2025年6月7日土曜日

お疲れピョンピョン

 京都で目覚める。朝10時前には義母と義妹が来て、息子との約9ヶ月ぶりの対面を喜んでいたのも束の間、10時過ぎにはリフォームの担当の方が来て、京都のマンションのリフォーム計画について話し合いが始まった。

僕と息子は途中で抜けて携帯会社へ。エジプトでは現地のSIMを使っていた息子だが、日本のキャリアのSIMカードを紛失してしまっていたらしい。スマホの契約者は僕なので、僕も一緒にSIMの再発行に赴く。それ自体はスムースに済んだのだが、その後いつものように機種変更やおうちのネット回線の営業に親子で閉口する。いつものように営業トークに警戒し、ちょっと嫌な気になる。

その後、無印良品に行き、帰国後の息子の1人暮らしに当面必要になるものを購入して帰宅。もうリフォームの担当の方は帰っていたので、義母や義妹も一緒に近くのベトナム料理屋へ。帰国した息子のリクエストだったのだが、義母の好みではなかったかもしれない。

夕方、義母と義妹は帰り、しばらくゆっくり過ごしたのち、晩は少し歩いてスペインバルへ。生ハムやムール貝のワイン蒸し、パエジャなどを食べ、サングリアを飲んで今日も楽しく過ごす。スペイン人の店主はとても陽気でいつも関西弁で冗談を飛ばしてくる。そして会計を済ませて店を出る時には必ず別れの挨拶をするのだ。

「お疲れピョンピョン!」


2025年6月6日金曜日

誕生日🎂

 52回目の誕生日を無事、家族と過ごせたことを幸せに思う。

昨晩はエジプトから帰国した息子と遅くまで話をしていたせいか、今日は9時前に起床。珍しく会議もない金曜日なので、ゆっくり始動。10時前にいつもの朝食(パンとコーヒー)に加えて、エジプト土産の甘いお菓子をいくつかとKarak teaをいただく。お酒を(あまり)飲まないせいか、中東はお菓子文化が発達している。どれも美味しかった。

それから少し自分の仕事をして、16時に予約していた南森町の焼肉屋へ。誕生日を口実にいつもよりたくさん注文して、心地よい酔いと満腹感のなか、スーツケースを引き、みんなで京都の家へ。帰国時の大量の荷物を運んで、京都の家をまたシステマーレしなければならない。

京都についてからは、本や洋服などを片付けながら、また土産話を聞いて過ごした。

2025年6月5日木曜日

カルヴィーノシンポジウムとケーキ

 今日は朝から慌しかった。同僚の先生が中心になって進めてきたシンポジウムが10時30分から予定されていたのだ。イタリアから3名、日本から1名の先生をお招きして、イタリア現代文学を代表する作家イタロ・カルヴィーノについてのシンポジウムだった。今日の午後には教授会など会議が予定されており、高名な先生方4名にお話しいただくのに、全部で90分しか時間が取れないという贅沢な、だからこそ中身を充実させなければならないシンポジウムだった。

最後に学生たちからの質問も出て、シンポジウムは、やはり時間の短さを恨みつつも成功裡に終わった。講演していただいた先生方や献身的に準備をしてくれた同僚たちのお陰である。ラウンジで用意していたお弁当を食べながらしばし歓談していたが、13時からの教授会の準備で(僕はなぜか前の執行部席に座らなければならない…)先に退席させてもらう。後ろ髪が引かれる思いだった。

教授会終了後、いつものようにみんなでカフェを飲もうと同僚の研究室に入ると、Tanti auguri a te🎵 白くて丸いケーキが目に飛び込んできた。明日誕生日を迎える僕に同僚たちからのサプライズだった。そういえば昨年もしてくれたことを思い出したが、今年は今日のシンポジウムのことで頭がいっぱいで、まったく想定していなかった。本当に嬉しかった!

素晴らしい同僚たちに恵まれて幸せである。





2025年6月4日水曜日

息子の帰国とイタリア共和国記念式典

 19時30分ごろ。すでに1時間ほど前から続いている主催者や来賓の方々の挨拶に耳を傾けながらも、スマホの通知が気になっていた。そろそろ何らかの連絡が来てもいい頃だ。

6月2日はイタリアが79年前に共和制を選択した記念日だ。その2日後の今日、イタリア総領事館の主催でその記念式典が中之島美術館で開かれていた。農業政策・食料主権相のフランチェスコ・ロッロブリージダ閣下や大阪商工会議所会頭のサントリーの鳥井信吾氏を迎えて、日本におけるイタリアの「食」の普及に貢献された方々の表彰も行われていて、なかなか歓談と食事の時間は訪れなかった。

一方、今日の19時に関空に息子が帰ってくることになっていた。9ヶ月のエジプト語学留学からの帰国である。日本に着いたら、せめて何らかの連絡はあるだろうと期待していた。

式典開始から1時間30分余りが経過した8時15分ごろに、ようやく立食形式で美味しい食事をとりながら歓談できる時間が訪れた。その日の参加者の中には、小学校時代イタリア文化会館でイタリア語を学んでいた息子を知っている人たちも何人かいて、息子の話も出てきた。

「今どうしてるんですか?」

「いや、ちょうど今日、留学から帰国することになってるんです。もう関空についている頃なんですけど」

結局、帰宅するまで息子からの連絡は来ず。LINEを送ると返事が来た。スマホの日本のSIMカードが見当たらずエジプトのSIMを入れたままだったので、自宅まで戻った後にWIFIを使って連絡するつもりだった、とのこと。

2025年6月3日火曜日

雨の匂い

 朝マンションを出て、久しぶりに雨の匂いに包まれた。植栽の中から、あるいはアスファルトから立ち上るような湿った匂い。10日ほど前にも雨は降っていたが、その時にはあまり雨の匂いはしていなかった気がする。まだ、関西地方は梅雨入りはしていないが、今日は終日雨模様だった。

汗かきな僕は蒸し暑い梅雨が苦手だ。6月生まれなのに。7、8月の方が気温は高いが、湿気をあまり感じない分だけまだ耐えられる。

ただ、そんな6月にも僕の心に清涼感を与えるものがある。白い紫陽花である。京都のマンションのすぐ前に花屋があるのだが、毎年この季節になると純白の紫陽花が現れる。漂白したかのような真っ白なのだが、妙に心惹かれてしまう。買って研究室に飾っておこうと毎年思うのだが、週に3日程度しか研究室に行かないので躊躇してしまって、結局1度も買っていない。枯らしてしまうことより、白がくすんでしまうそうなのが何か嫌なのだ。

2025年6月2日月曜日

半袖

 今日から半袖を着て通勤。妻は結構しきたりとか習慣とかを大切にする人なので、6月から衣替え。僕自身は暑がりなこともあって、1人暮らしだったときは暑くなると4月でも半袖シャツを着て仕事に行っていたけど。

それにしても…もう6月。この1年も約半分が過ぎることになる。年齢を重ねると時間の経過が早く感じるのは周知のことだけど、今年はあまりにも早く過ぎ去っているように思える。もう少しゆっくり流れてほしい、と思う。勿論、計画であったり心の余裕であったり、時間の経過の速さは自分自身に起因するものが多いんだろうけど。

2025年6月1日日曜日

初万博!

 今日初めて関西万博に行ってみた。

「万博」に対しては、小学校の時にあった「つくば万博」にどうしても行きたかったことを覚えている。当時通っていた公文だったと思うが『コペル21』という雑誌を発刊していて、その中で「つくば万博」の特集があり(あるいは、特集号だったかもしれない)、行きたいと親に頼んだ覚えがある(鹿児島から行くことは結局叶わなかったのだが)。

その後に「万博」と僕がすれ違ったのは、約11年前。初舞台で出た『湯けむりに花』(横山拓也作、小原延之演出)が1970年の大阪万博の頃を舞台背景としていて、みんなで万博記念公園に行ったり、衣装やパビリオンといった当時の風俗を調べたりした。

そしてついに、今日生の万博に初めて行ってみた。シャインハットで開催されたパソナグループの50周年の式典に招かれたのがきっかけであったが、それ以外の時間もいくつかのパビリオンを訪れることができた。

海外パビリオンについては、力の入れ具合にかなり差があるのは確かだ。でも、国の紹介ビデオの展示のような国にしたって、今まで知らなかった景色や人々の生活を見ることができるだけで楽しかった。シグネチャーパビリオンはどれも(といっても2つしか行けていないが)工夫を凝らしているし、メッセージ性もあって興味深い。まぁ、とにかくイタリアパビリオンは最高だったってこと。

会期中にまだまだ行けたらいいな。